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シコシコアナキスト日誌

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リアルうるるん滞在奇

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ウズベキスタンの肉汁家族での民泊は、中央アジアの北朝鮮ことトルクメニスタン・ビザをとるためだった。

ちなみにこのトルクメニスタンの大統領、ニヤゾフは最近死んだ。ニヤゾフは個人崇拝を徹底するなど、金正日ぶりのプロパカンダ好きだったらしい。町にはいたるところにニヤゾフ像や肖像画が建っているらしい。中には回転ニヤゾフも見れるとのことだった。

しかし、結局20日近くビザ待ちしたが取れなかった。トルクメニ行けなくなり身動きができないので、仕方なく飛行機でアゼルバイジャンにとんだ。

アゼルバイジャンの首都・バクーは一泊、蛸部屋1500円と高い(ちなみにウズベキが二食付800円)。今、アゼルバイジャンは石油によるバブルらしい。物価もかなりあがっている。物価の高いバクーをとっとと出て、シェキという田舎町へ移った。

宿を探すとどこも高い(1000円ぐらい)。さらに満室。どうしょもなく途方にくれていると酔っ払いのおっさんの集団に声をかけられた。そのうちの酷く酒臭いおっさんが、いい宿があるから着いて来いという。とりあえず、ついていった。どうみても宿なんかない丘に連れてかれた。すると、そこにはボロボロの腐りかかった木造とトタンの家が現れた。中には、ヨボヨボのばあさん(68歳)が出てきた。どうやら、ここは酔っ払いとヨボヨボばあさん(おっさんの母親)の家らしい。

 なんと親切な男だろうと思っている矢先、外のベットを指差して一泊800円だという。その辺の宿と変わらない上に外かよと、200円にしてくれと頼んだら、一泊400円になった。外のベットもよして、おっさんの部屋と代わってもらった。金を払った途端、おっさんは飲み屋にいってしまった。

 金を節約して菓子パンを食っていると、ヨボヨボのばあさんがトマトとパンを出してくれた。ありがたかった。
 少し立つと、おっさんがさらに酔っ払って帰ってきた。片手にワインを持っている。このワインはおそらくさっき払った宿代で買ってきたようだ。
 すると、ばあさんがさっそく嘆き始めた。「穴だらけの腐りかかった床の板を張り替える金にしろ!」といってるようだった。おっさんはそんなばあさんを怒鳴り、ねじ伏せた。ばあさんは悲しさに背を丸めていた。

 おっさんは私にグラスを出して「飲め!」といってきた。私はこの気まずい状況で酒は飲みたくなかった。さらに、おっさんがこれ以上泥酔しても困るだけだった。だから、私は頑なに断った。
 しかし、子どもの頃から酷い酔っ払いの父親の介抱したり、酒に付き合ってきた私は、そんなおっさんが、自分の父親にだぶった。それ以上に、父親と同類で私もひどい酒飲みだ。かつて酔っ払って、国鉄と国道を止めたことがある。前の別れた彼女には別れ際、「あんた、絶対、酒で失敗するよ…涙」。(絶対ってなんだよ。畜生! 男、そこで酒を仰ぐ)

 そんな私だから、注がれた酒を拒む理由もない。泣きそうなばあさんを横目に私は、ぐっと酒を呑んだ。うまい、うまかった。コーカサスのワインはどっぷりとうまかった。
 おっさんは疲れたばあさんに飯を作らせた。わたしにも出してくれた。(ちなみにこの家の飯はパンとトマトか、魚肉ソーセージみたいなのか、折ったパスタスープか、これがトータルで10回近く出た。この家のエンゲルケースの大半は酒代が占めているようだった。)

 そんなばあさんは、優しく私に「あなたはモスリムでしょ、お酒なんか呑まないで早く寝なさい」といってくれた。(私は毎日お経をあげている。イスラム圏でそれをやると、コーランかアザーン(礼拝の始まる合図)だと思われる。どんなに、これはブッタだ、といっても通じない。まぁ、自分でも最終的にはコーランも、聖書も、般若心経も変わらないと思っている。全ては無に帰るだろうし、本も教本もボロボロになってなくなるだろうし、礼拝する人もお経をあげる人も死ぬ。無常なところは全く同じ。)(それとおっさんは、アザーンがなるときだけ、酒が入ったコップを置いて「アッラーは偉大なり」という。非常に楽なイスラム教徒だ。厳格なイスラム教徒は酒を呑まない。)

 その晩はおっさんより先に寝た。おっさんは一人、テレビの大音量なボリュームを酒のつまみに呑んでいた。

 翌日、おっさんが仕事に行ったのを見計らって起きた。起きるとばあさんが朝飯を出してくれた。トマトと卵を少量出してくれた。その好意に自分の年老いたばあさんを思い出した。なんだか自分のばあさんが恋しくなった。
 その日は、地元の子どもたちと遊んだ。山に連れて行ってもらった。いろいろの木の実を食わせてくれた。中には食いたくないのもあったから、食ってるフリをして捨てた。子どもたちのビタミンC源は遊びの延長から採られたいるようだった。

 日が暮れたので帰ると、おっさんが泥酔していた。「お前は朝飯と夜飯を食ってるから500円払え」といわれた。確かにそのとおりだと思って払った。すると、案の定、その金をもって千鳥足で飲み屋へ出かけていった。
 おっさんがいなくなると、ばあさんは私の前に座った。目を真っ赤にさせ、ボロ布で涙を拭っていた。そして、何をいっているかわからないが、「こんなのムハンマド(イスラムの預言者)が許さないわよ」みたいなことを言っているようだった。
私もとりあえず、うなずいて、「アッラーアフバル(アッラーは偉大なり)」と顔をぬぐった(顔を拭うのはイスラム教徒の合掌)。
 
 数十分後、おっさんは新たなウォッカを持って帰ってきた。そして、泣いてるばあさんに酒と飯の準備をさせた。私は腹がたった。しかし、この酒代の資金源を渡しているのは私でもある。私は明日、この家を出ようと決めた。

 おっさんは常に私を自分の横に置きたがった。そして一緒に酒を呑もうとした。横にいる泣いてるばあさんがいるから、頑なに断った。しかし、あまりのしつこさと、自分自身の酒への欲求から、じゃぁ、一杯だけと、手を出してしまった。やっぱり、自分もこのおっさんと同じ穴のムジナ。泣いているばあさんを横目に、ぐっと一気にウォッカを流し込んだ。うまい、うまかった。コーカサスのウォッカはずっしりとうまかった。
 
 酔いが増したおっさんは、「俺たちは兄弟だ」というフレーズを壊れたレコードのように念仏をあげはじめた。しまいには、おっさんは剃刀の刃を持ち出してきた。そして、腕を切って互いの血を飲み合おうと言い出した(日本でも昔のヤクザや右翼がやっていたが世界共通らしい)。
 俺はおっさんの血なんか飲みたかぁないし、病気でももらっちゃあ、かなわない。腕を切ろうとするおっさんの手を本気で押さえて剃刀を奪った。もしかするとおっさんのパフォーマンスかもしれなかった。どっちしてもそんなつまらない冗談は流したかった。
 なんとか五月蝿いおっさんを静めた。そのかわり、おっさんは何べんも熱い抱擁をしてきた。そのたびに首筋に音を立ててキスをしてきた。いくらセックスしてないオナニーな私でも、それには欲情しなかった。ちくちく当たるおっさんの無精髭にサブイボがたった。

 おっさんは、嫁に逃げられたのか独り者だ。ゲイにも見えない。そんなおっさんにも本人いわく女がいるらしく(絶対いない)女に電話するといって、どこかへ消えていった。
 するとばあさんが来て、ウォッカを飲んだ私を少し軽蔑的に見ながら「モスリムでしょ、早く寝なさい」と部屋へ連れて行ってくれた。おっさんがすぐに帰ってきた、でも、寝たふりをしているわたしを見て、一緒に飲むのを諦めた。
 
 今晩もまた、ゆっくりと星が浮かぶ静かな村にテレビの大音量とおっさんの怒鳴り声が響いていた。

 翌朝、この家をこのまま出てゆくことになんだか気がひけた。何か少しでもばあさんを喜ばせたいと思った。早速、朝っぱらから3人で仲良く写真を撮った。できたら、ばあさんに写真をあげようと思った(いつも世話になった人には写真を撮ってあげてる。すると非常に非常に喜ばれる)。

 その日は、予てからおっさんが自分の仕事場に来いというのでバザール(市場)へ出かけた。おっさんは小さな小屋で靴の修理をやっていた。アゼルバイジャンは旧ソ連のひとつ。1991年に独立。その後もアルメニアとの戦争が続いていた。おっさんも共産党の軍人だったようだ。だからか、靴職人としての経験が少ないのか非常に腕が悪かった。私は、靴の修理職人に興味があったので世界各地で見ている。その中でも一番下手糞だった。
 おっさんはわたしの壊れた靴も直すといいだした。せっかくだけど断りたかったが、職人の意地みたいな顔するから、お願いした。(靴は外部は相当長持ちする。だいたいは靴底が減って、そこから各所に穴が開いたりする。その靴底を早いうちに足してやれば、相当長いこと履ける。なんでも新しい物を買わせようとする企業にもいい対抗手段だと思っている。)

 おっさんは私の剥がれかけた靴底を、ゴムのボンドでくっつけてくれた。そこまではどこでも同じでよかった。その後、頼んでもないのに靴底に釘を打ち始めた。釘を打つと靴底はしっかりとくっついて良いのだが、靴に穴が開く。それだけは嫌でずっと避けてきたのに、おっさんはあっさりと釘を打ってくれた。しかし、おっさんのもてなしだと思って、我慢した。
にしても、本当に下手糞だった。
 とりたくもない仕事姿のおっさんの写真などをとって、現像をしにいった。

 それから、ばあさんが砂糖とお茶を買うお金がないとおっさんにいっていていたので、お土産に砂糖1キロとお茶、それから、おっさんが「みんなでハミウリ(メロンみたいな)を食べよう、俺が買ってくる」といっていたが、一向に買ってこないハミウリを買って帰ることにした。いったい、どっちが客だかわかりはしない。

 早く帰ったが、誰もいなかった。ばあさんが腹が減ったら戸棚にあるもん食べなさいといっていた。腹が減ったので戸棚を開けてみると、中にはトマトがひとつだけだった。石油によるバブルの恩恵を受けるのは、限られた人たちだけのようだった。仕方なく、トマトは辞退した。

 ようやくばあさんが帰ってきた。その後、ウォッカを片手に酔っ払ったおっさんも帰ってきた。二人に現像した写真を渡し、ばあさんにお土産を渡した。すると、二人は泣きながら喜んだ。「お前は本当の家族だ、ここに住め!」といってくれた。そしてばあさんに何度も撫でられ、キスされた。(そんなにしなくてもいいのに。老婆のキス。)
 まるでうるるん滞在記の一場面のような、しかし、次の瞬間、おっさんは、千鳥足で、「よし、のみに行くぞ!」、ばあさん、それを止めて、嘆く。うるさいと、怒鳴る、おっさん。
おっさんに連れられ出てゆく私。外へ出た途端、おっさん「金、金、」。おっさんのさっきまで潤んでいた目は、どよんだ黄疸の目に変わっていた。(黄疸はアル中や肝硬変によっておこる症状)

そうだ、これが本当の「うるるん」なんだと気がついた。それに、毎日、ばあさん、泣いてるし、これも本当の「うるるん」なのだ。現実はやらせより奇なり。たまにテレビ「うるるん滞在記」を目論む旅行者に合うがくれぐれも、レイプに強盗、僕ドザエモン、なんて具合にならないことを願うしだいだ。

 飲み屋で地元の人たちとみんなで飲んでいると、どうやら、おっさんはみんなに馬鹿にされているようだった。仕舞には店のガキにも馬鹿にされていた。なんだか、おっさんがあわれになってきた。
 店を出る際、金がないからお前が払えといいだした。さっき払った金あるでしょ?いうと、地元民を見方につけて、みんなからお前(私)が払えといいだしてきた。さらに、お前は彼に借金があるだろ?と意味のわからないことをいわれはじめた。
ひさしぶりに頭に来た私は、スタンディングオベーションして怒鳴りちらした。おっさんにも、汚い言葉で罵った。みんなジョッキで殴ってやろうと思った。
 あまりに怒った私をみて、地元民は、どうやらおっさんが嘘をついてると思い、おっさんを攻めはじめた。すると、おっさんは慌てて金を隠した。さらに、地元民から子どもにまで攻められた。なんだかまたおっさんが哀れになった。
 おっさんを怒鳴りつけた上に地元民にまで攻められるという、おっさんの面汚しをしてしまったと後悔した。宿もなく困っていたときに、泊めてくれ、飯をくれ、靴の修理をしてくれ、家族だっていってくれたおっさん。悪いことしたなぁ思って、金を払った(おっさんが地元民にもおごっていた分も!)。ふと、おっさんを見るとおっさんは、黄疸の目でじっと私を睨んでいた。

 私は泥酔したおっさんを家に連れて帰ろうとした。おっさんはまたウォッカを買おうとした。店の人にもあしらわれていた。さらに近所の人間からは白い目で見られ、親戚からは口もきいてもらえていなかった。そんなおっさんは近所の犬と自分の猫には強かった。おっさんが、飲みつづける理由がここにもあるような気がした。

 帰るとおっさんは、怒鳴り始めた。私に面汚しされた事に腹を立ててるようだった。ガンガンコブシを壁に打ちはじめ、上半身裸になって、筋肉を強調しようとしている。しかし、50過ぎた栄養不足の身体からは、なにも脅威は感じられなかった。どこにも当てる場所のないおっさんは、ばあさんに嫌ってほど当たっていた。ばあさんは泣いていた。

 私は酒というものが恐ろしいものに思えた。昼間、職場ではやさしかったおっさん。しかし、呑みすぎると、この始末。
 当たり前なことだけど、酒が問題なんじゃない、やっぱり人間が問題なんだと思った。そして、果てしなく、難しい問題だと思った。だって、こんな状況をみてもやっぱり酒が呑みたいと思う自分がいる。やめれませんよ。酒は。

 その翌朝は、おっさんは朝からウォッカを飲んでいた。そして怒っていた。おっさんに今日出ると告げた。おっさんは私にも酒をついできた。まずい酒だった。

 おっさんは千鳥足で仕事場へいった。もし私が、この家に一ヶ月でもいたらきっとおっさんは仕事にも行かず一日中、酒を呑んでいたかもしれない。

 ばあさんは、赤い目を拭いながら何度も私を撫でてくれた。私はいつものように、お経をあげた。終わると、ばあさんが「ありがとう」といってくれた。そして、申し訳なさそうに、「お金、、、お金、、、」といっていた。わたしは、500円渡してばあさんと抱き合ってこの家を後にした。

 結局、その辺の宿に泊まる以上に金を使った。また、それ以上に気も使った。ただただ、今は、この家族の幸福を願うだけです。なんて。

追記 今は、アルメニアにいる。ここも民泊だ。(民泊は、人の家の一室に泊めてもらうことを指す。)朝から晩まで、赤ん坊が泣いている。さらにそれに釣られて幼子が泣く。それに怒鳴る母親。もっと泣く子ども。さらに手が出る母親。最高潮に泣くこども。
あっ、また、叩いた。もっと、泣いてる。あぁ、怒鳴った。しかし、うるさいなぁ、、、。

また、グルジアの民泊は息子が反抗期で一日中ネットゲームしている。叱れない父親、ヒステリックを起こす母親、それに便乗する祖母。家は息子の友人の溜まり場と化し、仕事のない家族の唯一の収入源である旅人たちの寝床でもある。

世界はどこへいっても同じなのかもしれない。ヒステリックで神経症な二日酔いのような世界。この世界から私はどこへも逃げることができないし、また、この人間の表裏が無償に愛しく感じる(時もある程度)。にしても、胃がいたい。南無森羅万象。今日も一日、ありがとうございます。

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プロフィール

志賀直輝 

Author:志賀直輝 


志賀直輝 a.k.a. kitou seishi


海外逃亡をへて4年ぶりの糞賃労働の日々。パートナーの出産と共に主夫強制引退。現在は、育児と保守的な職場内で闘争実施中。近い将来は、子連れ狼になりたい。


と思っていたが、原発事故によって一寸先は闇、現在、原発猛反対中。文字通り、お先まっくろ(アナキスト)でございます。どいつもこいつも、金、金、金、みんなでアナーキーに生きるしかない!原発や原爆の原料になるウランのある山を畏怖し近かづかなかったインディヘナたちは、7世代先の子どもたちのことまで考えていたらしい。っていうんだから、アナーキーかつインディヘナなように!

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