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シコシコアナキスト日誌

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鍋の底のインド人

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ブッタガヤに45日いた.だからか街のこともだいぶわかるようになった.顔見知りや仲の良い人もできた.でも,思い返してみるとブッタガヤについて1週間ぐらいは現地の人間に腹を立ててばかりいた.なぜなら,ここは仏教の聖地だけあってしつこいボッタクリ客引きが5万といる.また鮮麗された熟練の物乞いたちも2万といる.さらに,邦人女性旅行者をターゲットにした貞操泥棒たちが1万.仏教徒のメッカであると同時に恋泥棒のメッカでもある.(言いすぎ80%増し)
 
 特に腹の立つことがあった.宿のオーナーの息子にいきなり「日本人は最低だー世界でもっとも常識がない,日本は管理国家過ぎるーこころに自由がないー刑務所だーーー!!あわあわあわーーー!!」といわれ,最後に彼の宗教論を聞かされた.なによりむかついたのが,日本人という狭い枠にくくりつけられたこと,それに会って2秒後にそんなこと言われたことだ. ホントは思いっきりそいつの顔面にパッチギしてやりたかった.でも,なんとか怒りを堪えるために太股にナイフを突き刺しながら,「いきなりそんなことを言うあなたの方がよっぽどおかしーんじゃございませんかーこのkkkめ!!」いって嫌な空気になって終わった.そんなせいで数日はそいつと顔を合わすたびに気まずかったし,腹が立った.

 オレは,仏教の聖地にいたから,毎日仏教の勉強をしていた.だから,仏教では腹が立つとか怒りって行為にどんな風に対処するのかすごく興味があった.
 
 仏教の考え方は,とにかく争いを避ける.アヒンサー(不殺生)っていって徹底した非暴力を唱えている.だから共存共栄,相互理解,相互扶助の姿勢だ.(二字熟語や四字熟語で書くとぱっとしませんね,今のあちきにはそれしか説明ができないんでありんす)
 そのためか,進んで人との喧嘩の原因や非を自分の中に見出そうとする.そうすることによって争いの連鎖を避け,怒り,復讐を自分のだけで終わらせようとする.
 これはなかなかできたもんじゃない.誰かにいきなりドツかれて非は自分にあるなんて思えるわけない.でも,それだといつまでたっても殴ってきたやつを理解することはできないし,喧嘩は絶えない.
 まず第一歩として,そいつへの怒りが抑えられなくても,なんでそいつが殴ってきたのかと考えることぐらいの余裕はもてるかもしれない.

 そこでオレもなんでいきなり,宿の兄ちゃんが日本人最低
論をぶつけてきたのか考えてみることにした.

 その原因のひとつは,彼の家庭環境にあるかもしれない.彼は宿のオーナー(インド人)の息子(インド人).彼の父は彼の母(インド人)とは別に,日本人女性と結婚した.そしてその女性と一緒に宿を経営しはじめた.この時点で,父親の新しい日本人妻へ対する嫌悪感があってもおかしくない.さらに,この日本人妻は最近,こども(彼の異母兄弟)を連れて日本へ
出戻っている.もしかしたら,この出戻りに対して怒っていたのかもしれない.
 それから,彼もいっていたのだが,邦人旅行者のトラブルが多いらしい.彼は宿利用者のトラブルが起きるたびにその処理をしているとの話だった.貞操を奪われた!大金を奪われた!ボッタくられた!助けてくれー!というのが相次いでるようだった.たしかに邦人旅行者のトラブルは多い.他の国の旅行者より安易だったり信じやすい人が多いのも確か.また自分もそのうちの一人であるのも確か.(けどそれを一般化するのは下劣でナンセンス!suck!)

という風に彼がオレを突然罵った理由を考えてたら,そこまで怒らなくていいのかとも思えてきた.毛沢東が「造反有理」といっている.反抗や抵抗には理由がある.だいたいの物事には理由があるような気がする.自分があまりのも怒りに酔いしれてると危うく相手の言い分や理由を見落としてしまう気がする.だからこそ,仏教では物事を冷静に見つめないさいな,と言ってる.

 いきなりこんなもんは食えたもんじゃない.けど少しづつ余裕が持てたらいいなぁ思った.
 あらゆる戦争に反対する自分としても,個人間で解決できない問題が国家間で解決できるわけもないと思っている.だからこそ,言い争いになったら冷静になって相手を理解してこうとも思う.できるかぁ?んーまぁどーでしょ.

 そんなことをひたすら考えてるせいで,街の客引きや物乞いにしつこくされても腹を立てずにコミュニケーションがとれるようになってきた.すると不思議と,彼らのオレに対する態度が変わった気がした.ただ,物を売りつけたり金をくれといってくるだけではなく,客引きとは「元気か?元気だ!」と挨拶になり,物乞いのこどもたちとは「遊べ!」といって投げ飛ばすようなった.結局のところ彼らは何一つ変わっていない.変わったのは俺の見方であって,俺の気持ちなんだと思った.自分次第で180度も視界が変わるんだと思った.

 俺はどうも最初の頃,鍋の表面に浮いた灰汁ばかり食べていたようだ.でも今では,鍋の中の肉や野菜までハシをつけることができるようになった.鍋の表面の灰汁を嫌ってハシをつけなければ,本当の旨みを食べることなどできないのかもしれない.
 タイの坊さんがいっていた気がする.インド人は「偽りの自分より,嫌われる本性」って.でもこの嫌われる本性の中に,本当の旨みが隠されているのかもしれない.が,言い過ぎかもしれないけど.


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プロフィール

志賀直輝 

Author:志賀直輝 


志賀直輝 a.k.a. kitou seishi


海外逃亡をへて4年ぶりの糞賃労働の日々。パートナーの出産と共に主夫強制引退。現在は、育児と保守的な職場内で闘争実施中。近い将来は、子連れ狼になりたい。


と思っていたが、原発事故によって一寸先は闇、現在、原発猛反対中。文字通り、お先まっくろ(アナキスト)でございます。どいつもこいつも、金、金、金、みんなでアナーキーに生きるしかない!原発や原爆の原料になるウランのある山を畏怖し近かづかなかったインディヘナたちは、7世代先の子どもたちのことまで考えていたらしい。っていうんだから、アナーキーかつインディヘナなように!

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