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シコシコアナキスト日誌

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ビルマ寺で修行しよう

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タイの坊さんに教えてもらったビルマの瞑想寺へゆくことにした。首都のヤンゴンからバスで12時間南下したモローミャンまで行った。このあたりは、軍事政権のミャンマーから独立しようとするシャン州の近く。そのせいか、道中に何度も検問場があった。シャン州の村に不法滞在したことのある女性がいうには、その村の各家庭の大半が武装していたようだ。「政府軍の飛行機が来たらカラシニコフ(?)で撃つのよ」と語っていたらしい。また、夜間は発砲の音が聞こえるとのことだが、真相はわからない。
それにしても、ミャンマーの政府軍はシャンの独立軍が怖いのか、検問は神経質に行われていた。
モーロミャンの街についた。街の中心には、軍人のハリボテ(置物)が無理矢理、農民と工場労働者のハリボテの手を握っていた。軍事政権+ねじれた社会主義の作品に思わず笑った。

街からバイタクでお寺まで行った。お寺は森林に囲まれた静かな場所にあった。このお寺には、世界各国から坊さんや修行者がいる。600人もいる。国際的なハゲが600人!!暑苦しい限り。そんなわけで、この寺には外国人専用オフィスがある。まずそこで申込をする。
担当の坊さんに「君は何日いたいのか?」と聞かれた。謙虚に「一週間でお願いします。」というと、「短い。」と言われた。「では10日間で」というと、不満そうに「よし」とうなずかれた。長くいれば長いほど歓迎されるというのは、非常におもしろい。後で、いろんな国の坊さんや修行者に「何日いるの?」と聞かれて「10日」と答えると、「まじで?もったいない!最低3ヶ月はいろよ!ハゲ」と言われた。ここに滞在する海外の坊さんたちは、5、6年選手はざらで、長くて20年選手とかいるらしい。寺にふらっときて、20年。そんなことは、死んでもできん。

寺のスケジュールは。3:30起床、4:00から5:30瞑想。6:00朝食、掃除。6:30から歩く瞑想、瞑想の質疑応答。(以下◎)。7:00から8:30瞑想。間、◎。10:00から昼食。その後、自由。1:00から2:30瞑想。間、◎。3:30から5:00瞑想。間、◎。7:30から9:00瞑想。
9;00就寝。
と、とにかく瞑想三昧。基本的に一日9時間はじっと座って瞑想する。熱心な坊さんになると、一日中瞑想している。糞をたれる時も食事の時も、誰とも口を聞かずに目も合わさない。
はっきりいって変態極まりない生活に感じる。全く働かず、人とコミュニケーションもとらない。でも、すべての執着(物欲とか愛欲)を捨て、高度な集中力を得るためには、この瞑想生活が必要だっていうから興味深い面もある。また、高僧となった坊さんには在家信者からの相談が後をたたない。この信者たちの布施が、坊さんたちの瞑想生活を支えている。なんともうまいサイクルになっている。

瞑想中の姿勢は楽な姿勢をとってよい。きつくなって動いたり、立ったりしてもよい。ちなみに日本の禅宗で座禅中に動いたり立ったりしたら、即座に棒でスパンキングされるという究極のSMワールドだ。以前、日本で参加したことがあるが、正座を少し崩しただけで、根性が足らんと説教された。なんという帝国軍人っぷり。たまりません。

瞑想に入って2、3日は一日中座ってるのが辛くてたまらなかった。瞑想中に考えることは、セックスかラーメンか、またオナニーか。それか、寝てるかのどっちかだった。
人間の三大欲求は、ねる、くう、やる(だす)。人によってはこれが三権分立し、人によって三権一致する。瞑想中はこの三権分立を分裂させ、手放さなくてはいけない。すべての権力=欲求を放棄しなくてはいけない。なんという徹底した禁欲主義。三大欲求に酔いしれる自分にはほとほどついてゆけない。

この寺には邦人の坊さんが複数いる。どこへいっても必ず変態な邦人(彼らに○○人とるけるのは無意味)がいるのが常。その一人に禅宗の中年坊さんがいた。彼は若いころ、パリで絵描きをしながら旅をしたり、西成の日雇い労働者や漁業をしていたという。
この坊さんの禅宗では、欲の三権分立ならぬ三大欲求を手放した先に悟りがあると説くらしい。そのせいか、この坊さんはいつも少量の食事だった。さらに驚くことに、一週間以上寝ていないという。これにはさすがに信じられないので、質問してみた。
「セックスと飯を数日我慢することはできると思いますが、睡眠だけはどう考えても我慢できないと思います」と。すると坊さんに「食べなきゃいけない、やらなきゃいけない、っていう考え(概念、妄想)に囚われてるからだよ。」と言われた。さらにつづけて「私たちのみているものはすべて概念であって本来あるものではない。すべて妄想で幻想なんだ」と。まるでマトリックス。さらに変態教授、岸田宗の格言を思い出す。俺もおもしろくなってきたので「では、宗教も仏教もすべて妄想なんですね?」と聞いてみた。すると「そうですね、すべて無ですね。」と帰ってきた。「おお、すべて無ですかー」と思わず下半身が固くなってしまった。無という言葉が好きな無政府主義者にはたまらないお言葉でした。ごっつあんです。
でも、本当に一週間以上寝てないのか?っていう話はそらされてしまった。まぁ、そんなことはどうでもいいなぁとも思った。なんせ、すべては無ですから。

その後、次第に瞑想に慣れてきた。20分ぐらいは集中できるようになった。しかし、ビルマの瞑想寺はたるんでいるのか、それが当たり前なのか、瞑想中多くの坊さんが屁やゲップを高々と響かせる。さらにひどいのは「ガルルル、ペッ」っと寺の外へ吐き痰をしている。一度や二度ならまだしも毎度だ。本当、人間ってのはキタねーなと思った瞬間、性欲や食欲が萎える。と、そこで、この屁やゲップの意味に気がづく。タイ寺の坊さんが性欲を抑えるために見ていた死体写真、つまりそれと同じ不浄観だったのかと。まぁ、そう考えれば意外と不快にならない。よは、気持ちのもちよう。スチャダラパー /ついてる男'94春 以下参照。
http://txt.lyricz.info/test.cgi/sutya/gaiden/05.txt

寺と部屋の往復を続ける毎日。代わり栄えのない瞑想生活。そんな中、おもしろい光景に出会った。瞑想を終えた坊さんたち5、6人が廊下から庭先を眺めていた。なんだか、みんなへらへらしていた。その様子が少しおかしかったので、仲間に加わってみた。すると庭で二羽ニワトリが交尾をしていた。オスが激しくメスの上に乗っかろうとしていた。俺には、この交尾光景もおもしろかったが、むしろ、交尾を我先にと必死で覗くお坊さんたちの頭が浅黒く光った男性器にしか見えない方がおもしろかった。

といことで、やっぱり気になるのが坊さんの性問題。仏教、特に上座部仏教に置いて性が一番のタブー。タブーを破ったり、触れたりするのが大好きなわたくしには、そこを聞かすにはいられない。まさにタブーを愛さずにはいられない。
語学力の問題から、どうしても日本語を使える坊さんばかりと性問題を語ることになってしまった。世界の性問題を追求するには語学力、これが必要不可欠だ。
仲良くなった坊さんの一人は、邦人30代。超有名寺院の息子。彼はインドのタントラ、ヨーガ、中国のタオイズムなどが大好きだった。彼に教えてもらったタオイズムは、身体のエネルギーをコントロールして健康ライフをおくるというものだ。その中でとりわけ語り合ったのは、精力を強化する体操についてだった。下腹部を縁をかくようになぜて、チンコを握ってしごくと精力がみるみる回復するという。これをタントラの本では、大まじめにかかれている。
また、産後の女性の膣は緩みがちだという。すると男性は他の女性の膣を求める場合がある。夫婦円満のために、膣を締めタイトな女性器をつくりあげるための体操などが書いてあった。こちらも真剣そのもの。セックスを神聖視する必要もなければ、タブー視する必要もない。だから、こういった体操や学問も自ずと必要となる。

もう一人の坊さんもお寺の二世。20代。こちらは前者と違い、学生時代、風俗フリークだった。今はオナニーすら禁止しているが、やっぱり風俗話や性話に花が咲いた。会話だけで花びら三回転した。
また、マレーシアの10代の坊さんは、性を我慢するのに必死。過去に通った風俗や性プレイなどを延々語っている。
しかしながら、彼らはこの寺にいる限りオナニーにふけってはいけない。ある坊さんは、夜中、心霊に襲われチンコをしごかれたと語っていた。あまりの気持ちよさに射精しそうになったが、お経を唱えて追い払ったという。もしも射精したら、坊さんを辞めなくてはいけない。寺では、オナニーはセックスよりもタブー視されている。
 そう考えても寺でセックスは容易にはできない。そうなるとオナニーは一人でポップにできる。まさに大衆文化そのもの。しかし、俺は、こんな戒律は守れるはずもなく、瞑想三昧ならぬオナニー三昧。

んな中、一番おもしろい話があった。仏教には戒律について書かれた本がある。その本には様々な戒律が書いてある。たとえば、○○をしたら、坊主を「やめなくてはいけない」とか「やめなくていい」、というのをブッタがジャッチしている本だ。例をいくつかあげてみる。

① 熟睡している坊さんがいた。そこに村の女たちがやってきた。村の女たちは坊さんの男性器をしごいて、自分の中にいれた。女たちは満足するまで入れ替わり行為に及んだ。それでも坊さんはいぜん熟睡。女たちは呆れて罵声をあげて帰宅。その後、目を覚ました坊さんは濡れた衣をみて、ブッタに事情を話しジャッチをしてもらう。ブッタは、坊さんが寝ていてきがつかなかったから、坊さんを辞めなくていいというジャッチを出す。
しかし、寝ていたはずの坊さんがなんで、複数の女性と交わったことを説明できるのか。はたまた、夢精だったのかもしれない。

② 街を歩いてた坊さん。突然、女に衣を脱がされてそのまま尺八(フェラチオ)。坊さんはすぐさま拒否。これをブッタに相談。ブッタはセーフを出す。しかし、拒否するとは実にもったいない話しだ。

③ 巨大なペニスをもった坊さん。これを自分でしゃぶった。ブッタはこれにアウト!マリリン、マンソン顔負け。

④長々としたペニスをもった坊さん。これを自分のアナルに挿入。ブッタ主審、これまたアウト!!

こんなような話しが戒律本にはのっているようだ。しかし、変態プレイにもほどがある。フリークスたちがやるなら理解できるが、性をタブー視してる坊さんたちが変態プレイをジャッチし追求しているというのは、非常におもしろい。
ブッタ、まさに尊敬すべき変態のスペシャリスト。


だいぶ、話しが性に流れたが寺では性問題だけではない。少し性から離れてみる。
 寺には、身体の障害を抱えその治療として瞑想をする修行者もいる。しかし、その彼は病状がいっこうによくなることはないという。ブッタはいう、病や死や飢えがないところはない、それでも犀の角のようにただひとり歩め。みたいなことを。この彼もいい意味で諦め、そしてまた次の治療を探している。苦しみを受いれ、そして苦しみを和らげる。彼は自分が苦しいのに、みんなにやさしくしてくれる。本来、こういった行為を布施という。金ばっかり求める日本の寺はもっと本来の布施を伝えるべきだろうな。

瞑想場は大勢の人の屁やゲップ、セキが飛び交っている。そんな中で一回一時間半も深呼吸を繰り返す。ひとたび、風邪が流行れば一発。おかげで俺も風邪をひくことができた。おかげで瞑想を辞め2日間寝れた。常におかげさま、ついてる、ってかんがえることで、いい方向につながる気がする。
 熱が出て苦しくかった。だから誰かに助けを求めようとドアを開けると、そこになじみのおっさんがいる。実は、そのおっさんはお医者さんだった。即座に薬をもらった。不思議だけど、よくできている。
常日頃、人に親切にしていると、いざ自分が困っている時に帰ってくるいうという法則。これは本当にあると思った。情けは人のためならず。かけた情けはやがて自分に帰ってくる。そんなことも風邪をひいて学べた。まさに相互扶助、助け合い!


お寺の生活は、日本の資本主義社会(消費、労働、使い捨て、オーバーワーク、過労、覚醒剤、神経症…)とは正反対に位置する。お寺では、一切の物を所有しない。生産活動に従事しない。どちらがいいとか悪いとかいうな話しではなく、現在の過酷な日本社会だけが俺らが生きる場所ではないと思った。おそらく、こういった場所は世界に散々していると思うし、現在の日本にも無数とあると思う。
ボブ ブラックは労働を廃絶して新しい生き方を提唱している。また日本のだめ連も「働かないで生きること」を追求している。(ちなみに後者は高校の国語のテキストに使用されたもの。)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=166277&comm_id=43762
こういった意味でも、お寺もひとつのオルタナティブ。それは昔から今にいたるまで変わらない。歴史的にみたら、お寺の生活の方が、日本の資本主義より長い。
一番重要なことは、ここのお寺では、信者は坊さんを物理的にサポートし、坊さんは信者の精神的なサポートをする。(だめなとこもあると思うが)。こういったギブアンドテイクな直接的なサイクルが必要だと思う。どちらも能動態だ。受動態の受けるだけではだめだと思う。

もういっぺんしつこくいって、生きる場所は日本の過酷な社会だけではないと思う。この寺では、死ぬまで坊さんをすることができる。お金は一切いらない。やめたきゃいつでもやめられる。という、場所があるってことを知っておいても損はないと思う。

一生働かずに、生涯瞑想!2食、個人部屋、シャワー、トイレ付き!!どうですか、お客さん!!



長くなりましたが、最後に。

長時間労働に過労気味な我が友へ。そして、今後社会に出る学生旅友へ。

まず、我が友に瞑想を勧めたい。俺が思うに、瞑想は癒しじゃないと思う。仕事が忙しくて神経がおかしくなりそうになるのを防ぐ、プロテクトだと思う。瞑想はゆっくりした呼吸によって自律神経を自分でコントロールすることができるらしい。自律ってのは、自分で律する、自分で管理するってことでしょ。つまりは、自分で自分の神経を管理する。会社や社会は神経まで管理してくれないわな。してもらいたいとも思わんだろうけど。でも、今の働きすぎの生活では、神経がボロボロになっちょうじゃないのか。神経症、うつ病、パニック障害、自律神経失調症、ひどければ精神病とか。
働くのをやめたら食っていけないし、仕事は楽しいってのもあるだろうし。悪いことばっかじゃないわな。でも、もし疲れてるならぜひとも、起きた時、寝る時、休日にでも5分でも10分でも静かにアグラを組んで、ゆっくりと呼吸をしてみてよ。その時、気になることや悩みごとはとりあえず端に置いておく。これはなかなかむずかしいから、意識を鼻の穴に置いて「吸う、吐く」だけをこころの中で考える。そん時、吸うーーー吐くーーーーって心の中で声に出してもいいわ。また、1、2、3、4、ってゆっくりと数えてもいい。とにかく意識を呼吸からはずさなければいい。
そうすると、脳内のエンドルフィンいうホルモンが分泌されアドレナリンの分泌を抑えることができるらしい。エンドルフィンは多幸感が得れる。さらに精神が安定して心身をリラックスさせる。これならエクスタシーはいらない。金はいらんし、身体に害は一切ない。アムス帰りの雅子にも教えてやらないといけない。
逆にアドレナリンは精神を興奮させる。興奮は非常にいいが、仕事ばっかで疲れた身体はつねにアドレナリンがでてるわけだし、これが万病も元らしいから。
仕事や通学の途中も、ゆっくり呼吸して、呼吸に意識さえすれば瞑想はできる。座ってても。横になってる時も。そうすりゃ、けっこうイライラしなくなる。人にやさしくできるよ。緊張も減る。したら、仕事も日常も少しはいい方へ向くんじゃないの??
ということで、新しい新興宗教設立「うつ病雅子を救う会」を作りました。どうぞ、振り込みの程よろしくお願いします。
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Comments

凄げぇー!
シガちん、お久しぶりッス!
元気そうで何よりだねー!!
旅に出る前に教えてもらったメアドが
何ともダメ人間な事に分からなくなって
しまったので(笑)、こちらに書くでやんス!
俺はパソコン持ってないから普段は
殆どネットはブログは見ないので、
このブログも初めて見ますた
今頃になって、すまんのぉー
それにしても寺と坊さんの話は凄い!
強力な体験してるねー!
シガチンの言う通り出家する人って、
○○人なんて言い方は意味をなさないと思うわなー
読んでいて何とも言えないものが
こみ上げてきたというか、グッときたデシ!
何気に寺で育ったくせにね(苦笑)
ま、俺が育った寺は、はっきり言って「商店」みたいなものだったからなー(笑)
俺も来年の3月くらいから東南アジア方面を2~3ヶ月ぐらい旅する予定っス!
長期の旅は初めてなんで、期待や不安で
除々に興奮してきてる次第であります
しがちんの旅は、まだまだ続くのかねー
体には気をつけて、性欲全開で行ってくださいまし!

では旅のマスは掻き捨てで、お互い、いい旅を!!

シガちゃん、確認なく某雑誌の紀行文のクレジットは、「シガクロ」とさせていただきました。届くんだったら送るから送付先教えれ。
面白い!
あたしも仕事に疲れたので瞑想してみる!
はじめまして。
はじめまして。瞑想についてネットで検索していたらここに着きました。

私は今、心がよどんでいることがいやでそしてタイのお寺に出家する少年たちの本を読んで、タイのお寺で一度修業をしたいと考えているんですが、女は修業することは可能なんでしょうか?あと、費用はかかるんでしょうか?

突然に、質問してすいません。
すみません、書き込み読むの初めてで、
相当おくれました!

あれ、タイで修行するのはお金かかりません。
それから、女性ももちろん大丈夫です。
とくにミャンマー(ビルマ)の方がいいかもしれません。よかったらメールください。

osasimi-ichiban@hotmail.co.jp

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プロフィール

志賀直輝 

Author:志賀直輝 


志賀直輝 a.k.a. kitou seishi


海外逃亡をへて4年ぶりの糞賃労働の日々。パートナーの出産と共に主夫強制引退。現在は、育児と保守的な職場内で闘争実施中。近い将来は、子連れ狼になりたい。


と思っていたが、原発事故によって一寸先は闇、現在、原発猛反対中。文字通り、お先まっくろ(アナキスト)でございます。どいつもこいつも、金、金、金、みんなでアナーキーに生きるしかない!原発や原爆の原料になるウランのある山を畏怖し近かづかなかったインディヘナたちは、7世代先の子どもたちのことまで考えていたらしい。っていうんだから、アナーキーかつインディヘナなように!

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