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シコシコアナキスト日誌

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監獄からの手紙  アブダラー・アブ・ラーマ

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2009年12月10日にイスラエル兵に逮捕され、現在監獄の中にいる、パレスチナ・ビリン村のデモコーディネーター、アブダラー・アブ・ラーマ氏からの手紙。
彼は、佐藤レオさんが撮ったドキュメンタリー「ビリン・闘いの村」の中でもインタビューを受けています。

以下サイトは日本語でビリン村の最新情報が読めるのでお勧めです!
気まぐれビリン村情報
http://bilininfojp.blogspot.com

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親愛なる友人と支援者の皆さん、  アブダラー・アブ・ラーマ

私が手錠をはめられ、目隠しをされて家から連れてこられて、もう2ヶ月になります。ビリン村の土地に建つアパルトヘイト・ウォールがついに移動され、新しい建設ルートに沿った建設が始まるというニュースが今日、オファー軍事収容所にとどきました。これにより、私たちの村から盗み取られた土地のうちの半分が戻ってくることになります。壁に対する抗議を行ったことで投獄され、オファーにいる私たちにとっては、この勝利はここにいることの苦しみを和らげてくれるものといえます。
5年間、毎週に渡りイスラエルのアパルトヘイト・ウォールと入植地によって私たちの土地が奪われることに抵抗をつづけてきた私たちは、この勝利と、そして私たちの闘いの5周年を祝って、兄弟姉妹たちと共にいることを心から願うばかりです。

オファーは、占領地にある、監獄と軍事法廷としての機能をもつ軍事基地です。 監獄は、有刺鉄線と電気フェンスで囲まれたたくさんのテントからなっています。各ユニットには4つのテントがあり、各テントには囚人が22人ずついます。今のような冬には、テントにあいているすき間から雨風が吹き込んできますが、毛布や服などの生活必需品の数は不十分です。

ここオファーでは、食べものが切実な問題です。足りていません。テントの中で自分たちでやっている監獄売店から原料を買うことで、私たちは生き延びています。私たちには小さなホットプレートがひとつあるだけです。これはまた、暖を取るための唯一の方法でもあります。家族が食べものを買うためのお金を入れてくれる者たちはそうしますが、多くの者にはそれは適いません。このことでよかったのは、私が料理を覚えたこと!今夜は、勝利の知らせを祝うために、ファラフェルとデザートを作りました。早く家に帰って、妻と子どもたちのために料理したいです。

私はスリッパを履いたままで逮捕されましたが、今日に至っても、私の家族は私に靴を持ってくるための許可を得られないでいます。何度も要求して、私はようやく腕時計を返してもらいました。私にとって腕時計は、しっかり意識を保っているために必要不可欠なものです。時間がどういう早さで経っていくのかよくわからないのには耐えられません。腕時計を受け取って、私は初めて腕時計を手にした子どものように喜び勇みました。まともな靴をまた履くことができたらどういう感じなのか、私には想像するのもやっとです。

私たちを投獄しているので、軍は、私たちの家族を安全への脅威とみなしています。妻や子ども、親族が訪問するのはとても難しいです。私と同じビリンの出身の政治囚で私の友人、アディーブ・アブ・ラハマさんは、妻と娘の訪問を受けることができません。体調のよくない80代のお婆さんである彼の母親でさえ、安全への脅威とみなされています!もう、母親が死ぬ前に会っておくことはできないのではないかと彼は恐れています。

私は教師です。逮捕される前は、ビルゼイトにある私立学校で教えていました。養鶏場も持っていましたが、私が逮捕されてから、家族は養鶏場を格安で売らなければなりませんでした。釈放されてから学校に復職できるかどうかは、わかりません。アディーブの家族9人は、他のたくさんの家庭と同様、家計の唯一の担い手なしになってしまいました。私たちを必要としている愛する家族のために何もできないというのが、ここにいることの最も辛い部分です。

私は、家族や友人たちからのサポートがあるからやっていられます。私の家族にコンタクトをとってくれたパレスチナ人指導者たち、EUの外交官たち、そして私の公判を傍聴することによって支援の念をあらわしてくれたイスラエル人活動家たちに感謝しています。活動家と私たちが共につくりあげてきた関係は、同僚や友人という定義をはるかに超えています。この闘いにおける、兄弟姉妹です。あなたたちは常に、インスピレーションと連帯をもたらしてくれる源です。あなたたちは、デモや裁判のとき、そしてもっとも嬉しい時や悲しい時に、私たちについていてくれました。監獄にいて、私はどんなに自分に本当の友人がいるのか、わかりました。皆さんに本当に感謝しています。

投獄されている中で、私たちの闘いはビリンの正義のためだけではないし、それどころかパレスチナのための正義などというよりも遥かに大きいものなのだということが、とてもはっきりとしました。私たちは、抑圧に対する国際的な闘争を行っています。壁と入植地に反対する運動に加わった世界中の皆さんのことを思えば、それが本当だとわかります。占領に怒りを感じたごく普通の人々が、私たちの闘いを彼らのものにし、私たちに連帯してくれました。パレスチナが自由になったあかつきには、私たちも他の場所での正義のための闘いに、かならず加わります。

ビリンの闘いの5周年記念にいあわせられないのは、まるで自分の子どもの誕生日にいあわせられないかのようです。私は最近よく、昨年の非暴力デモの最中に命を失った友人のバッセムのことを思います。どんなに彼に会いたいことか、と。彼を失った痛み、そして故郷の家族や友人と一緒にいたいという強い願いにも反し、私は思うのです。もしこれが自由のために私たちが払わなければならない代償であるのなら、その価値はある、そして私たちは喜んでさらに支払うだろうと。

アブダラー・アブ・ラハマ
オファー軍事収容所より


▼ビリン村とは(気まぐれビリン村情報より)

西岸地区のビリン村は、ラマッラーの12km西、グリーン・ラインの4km東に位置しています。ビリン村はおよそ4085ドゥナム(988エーカー)*1 の農村で、人口は約1780人です。
イスラエルはビリンの農地のうち、およそ55%を「国有地」とし、入植地モディーン・イリットの建設のために収奪しました。モディーン・イリットには42,000人以上と、どこの入植地よりも多い数の入植者がおり、15万人まで人口を増加させることが計画されています。
1948年より前には、ビリン村は4085ドゥナムの広さを有していました。1982年および1991年に、およそ1980ドゥナムが、そして2005年に、分離壁の建設のためにさらに260ドゥナムが収奪されました。
2004年、国際司法裁判所は分離壁は国際法、とくに国際人道法違反だという判決を下しました。判決ではさらに、イスラエルの入植地は同じ一連の法の下で違法であるとし、分離壁のルートはグリーンラインに隣り合う入植地群と密接につながっていて、西岸地区の12%をさらにイスラエルに併合するものだと指摘しました。

その勧告があったにも関わらず、2005年初めにイスラエルはビリン村の土地に分離壁の建設を始めモディーン・イリットの用地を作るため、また壁の「イスラエル側」でモディーン・イリットが将来拡大していく用地を確保するためにビリン村は二分されました。
2005年3月、ビリン村の住民たちは、じぶんたちの土地の収奪に反対するほぼ連日の直接行動、デモを始めました。その創造性と根気強さにより国際社会の注目を集めたビリン村は、人びとによる抵抗のシンボルとなりました。5年後のいまも、ビリン村では毎週金曜の抗議行動が続けられています。

2006年以来ビリン村の人々は、人びとによる抵抗運動に関する会議を例年開催し、アクティヴィスト、知識人、リーダーたちが占領に反対する非暴力抵抗の手法について議論をするための場を提供しています。

イスラエル軍はこれまでに参加者に対し、音響・衝撃爆弾、水砲、ゴムで覆われた鉛の銃弾、催涙ガス、22口径(直径5.6mm)の実弾を使ってきました。

2009年4月17日、イスラエル軍は高速の催涙ガス弾でバーセム・アブ・ラーマ氏の胸を撃ち、ラーマ氏はラマッラーの病院で後に亡くなりました。

分離壁に反対するデモのことで逮捕された住民75人のうち27人は、2009年6月23日の夜襲開始よりもあとに逮捕されています。

ビリンは、その草の根の運動に加えて2005年秋には法廷闘争も始めました。訴訟を始めて2年後の2007年9月、イスラエル高等司法裁判所はモディーン・イリットの一部は違法に建設されているため、中途にある住宅の建設は完成されてはならず、分離壁の建設ルートを何百kmか西に移動させてビリンの土地の25%を村に戻すべきという判決を下しました。いまのところ、この高裁の判決内容は実行に移されておらず、入植地建設が続いています。

*1 1ドゥナムは1000㎡(ウィキペディア)。

▼2010年2月12日のビリンの壁反対デモ
http://www.youtube.com/watch?v=Chw32qG-M7E&feature=player_embedded
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へんたいよいこのタイ刑務所だより VOL19

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お待たせしました。タイ刑務所だより19号です。
珍宝さんは恩赦次第で今年5月に出所できる可能性は大です!
しかし、他の方々は、移送協定に「移送後はタイの刑期を日本の
刑期に持ち越す」と明記されているのでいつ出所できるのかは
わかりません。

みんな期待していた出所が一気に遠ざかりました。
今後ともできるサポートをしていきたいと思います。

http://irregularrhythmasylum.blogspot.com/2010/02/vol-19.html








パレスチナぐるぐるナイト@素人の乱12号店

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パレスチナぐるぐるナイト@素人の乱12号店

1948年、パレスチナの地にイスラエルが建国されて60年以上が過ぎました。そして1967年に始まったイスラエルによるパレスチナ占領は、今も様々なものをパレスチナから奪い続けています。でも、なんだか遠くの問題で、新聞やテレビを見ても、ややこしかったり、よくわからなかったり。そんな遠くの問題をわかりやすく、みんなで話したり、わからないことは聞いたり、パレスチナ料理を食べたり、素敵な音楽を聴いたり、素人の乱12号店存続に連帯してガバガバ酒を飲んだり、まったり過ごす一晩カフェ。飲んで、食っての交流会!!

①ざっくりな説明 「パレスチナ問題」とは?(大月啓介)
②スライドトーク 「ビリン村の日常・分離壁と対峙させられた村の小話」 (高橋美香)
③ガザ映像報告 「ガザの中心でラップで吼える / 封鎖とトンネル貿易事情 / 撃たれる子供たち 」 (大月啓介)
④LIVE (BARON & JORDON)
⑤ゲスト+会場を巻き込んでトーク&交流会

司会:志賀直輝(アナキスタ)
パレスチナ料理:NOEKO★西成
バーテン:12号店・オークラさん

日時:3月5日(金曜日)
場所:高円寺・素人の乱12号店 http://hall12.seesaa.net/
オープン:19時30分から

カンパ300円から(場所代)、お金のない人はいりません。
できたら1ドリンクでお願いします。
参加者にはゲスト二人の撮影したパレスチナのポストカードをプレゼント!

問い合せ先 志賀直輝
メール osasimiichiban(at)gmail.com
電話   080-5712-6490

素人の乱12号店
166-0002 東京都杉並区高円寺北3丁目8-12 フデノビル2F 奥の部屋 (北中通り沿い斉藤電気店向かい)
JR中央線高円寺駅下車徒歩7分


大月啓介
1973年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、報道・ドキュメンタリー番組の制作会社を経てフリー。国内外の取材をTV,雑誌、新聞などで発表。『オルタ』(PARC)に在日外国人のルポ「隣のガイコク人」を連載中。パレスチナは2004年に現地の大学に留学後、取材を始める。ただ今ガザ本を執筆中。ブログ
「つつがある日々」 http://.sawa.exblog.jp

高橋美香
1974年広島生まれ。専門学校在学中に写真家、長倉洋海氏の作品に出会い、フォトジャーナリストを志す。大学では中東政治を学び、卒業後エジプトでアラビア語を学ぶ。パレスチナ問題に関心を抱き、エジプト留学中よりパレスチナに通い、現地の撮影を続けている。『未来』(未来社発行・月刊)に「そこにある日常《パレスチナ報告2009.06-07》」を連載中。ブログ「世界の笑顔に出会いたい」http://blogs.yahoo.co.jp/mikairvmest

BARON&JORDON
バロンとジョーダンは高円寺のバー「アイツの噂」で出会いました。二人で歌い、ウクレレ、トランペット、パーカッションを使ってオールドジャズ、ルーツミュージック、オリジナルを演奏します。タップダンス、パントマイムなどもこなす、高円寺スタイルのエンターテイメント。(バロンなかざわHP
http://baronkzw.com/default.aspx)


Palestine Civil Rights Campaignから署名のお願い

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PB020827[1]

レバノンに飛んだ友人からこんなメールが来ました。

『こんにちは。やっと日本語打てます!元気にしてますか?

レバノンに来てから、ずっと難民キャンプに行ったり新しい人に会ったりで忙しかったのですが、とりあえず先週からPalestine Civil Rights Campaignっていうのをはじめました。こっちに来るまで詳しく知らなかったんだけど、レバノンに住むパレスチナ人は全然権利ってものがなくて、72種類もの職業に就くことが禁止されてます。親の財産は相続できないし、健康保険もない。だからこの物価の高いレバノンで病気になったら全額自己負担だし、下手したら親が持ってた家とかもレバノン政府に取られちゃいます。

パスポートはもちろん、旅行ドキュメントも身分証明もない人もいて、そういう人達はレバノンから出ることすらできません。シリアやヨルダンでは少なくともパレスチナ人も働けるけど、レバノンではパレスチナ人はまともな仕事には就けない法律になってるの。(超複雑なレバノンの政治システム、権力の分配の問題に関連してます。なにしろレバノンは他のアラブ諸国と違って18種類もの宗教・宗派が正式に認知されていて、これが常に政治的な争いを生んでいます。)

それで、少なくともこの法律を改めてパレスチナ人難民がまともに働け、健康保険があって、親の財産を相続できるようにしようっていう動きが少数だけどレバノンの国会議員の中であるのです。でもまだまだ国会の中では少数派で弱いので、それを世界中の人が支持してますっていうことを示すため、私たちは署名を集めることにしました。』


署名内容は以下です。


レバノン政府及び国会議員の皆様へ

ガザ地区封鎖の解除とパレスチナ建国に次いで重要と思われる懸案として、レバノンにおけるパレスチナ人難民の基本的な市民権を守ることが挙げられます。レバノンで劣悪な環境に住む何千人ものパレスチナ人難民が、働く権利や住居を所有する権利を法的に獲得することは、パレスチナの抵抗運動において最も重要かつ実現可能な目標であり、1948年国連にて採択された世界人権宣言の理想にも合致します。

どこに住んでいるかに関わらず、パレスチナ及び基本的な市民権を擁護する人々であれば誰でも、非暴力的なやり方で殉教者など出さずにこの目標のために協力することができます。このオンライン署名にサインし、パレスチナ市民権キャンペーンをより多くの人々に知ってもらえるようご協力お願いします。レバノンに住むパレスチナ難民ひとりひとりを世界中の誰かが支持していることを示し、個人的に繋がっていることを意識するため、「姉妹署名」のつもりで署名して下さい。

パレスチナ市民権キャンペーン 
レバノン共和国ベイルート、サブラ・シャティーラ基金


「レバノンにおけるパレスチナ難民の姉妹兄弟に市民的・政治的・社会的・経済的な面で平等な人権が早急に必要であることに鑑み、レバノン共和国が60数年に渡る不正を正し、パレスチナからの来客に市民権を与える法案を可決しようとする崇高な試みを支持します。我々は世界各地からこの目標に連体を表明するため、ここに署名します。ここに署名した私の名前は、レバノンのパレスチナ人難民の一人と個人的に姉妹提携したいという意思の表れであり、彼らやレバノン政府がこれからもパレスチナへの帰還のために努力することも支持するものであります。」


ここから署名ができます!ぜひ、よろしくお願いします!

http://www.petitiononline.com/ssfpcrc/petition.html




「日タイ受刑者移送条約」はいつになるかは未定 外務省への質問と回答

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prison[1]


タイの日本大使館に「日タイ受刑者移送条約」についての質問をしました。
以下読んでください。


私は、タイ・バンコクのバンクワン刑務所内にいる邦人の方々と連絡をとりながら、面会者募集や支援物資を送っている志賀直輝と申します。

以前、領事部邦人保護班の中西さんとバンクワン刑務所の邦人の方についてのご連絡とらせていただきました。ありがとうございました。今回は日本とタイの間で受刑者移送協定についての問い合わせをさせてください。

この協定により、タイ国内刑務所にいる邦人の方が日本に移送される予定ですよね。 そこで、いつぐらいに移送が予定されていますか?具体的な日程は出ていますか?

それから、バンクワン刑務所内のカネキヒロシさんとマツミトシユキさんの
質問なんですが、この協定に則り日本に移送された場合のその後の皆さんの
刑期や処遇はどのようになるのかを切に知りたいそうです。これに関する
資料等があればコピーをバンクワン刑務所に送って欲しいとおっしゃっていました。 もしも添付資料などがありましたら、わたくしにもいただけないでしょうか?

また、カネキさんやタケザワツネオさんは持病をもっておられますが、移送後、病院 や治療などどのような対応がとられるのか不安をお持ちのようです。

どうぞ、返信くださることお願い申し上げます。お忙しいところ、ありがとうございます。 

志賀直輝


志賀様

メールを拝見させて頂きました。
私、在タイ日本国大使館で領事をしております小竹と申します。
中西が4月早々に日本へ帰任することになりましたので、私からお返事をさせて頂きます。

ご質問のありました「日タイ受刑者移送条約」ですが、
昨年7月のプーケットで行われました日タイ外相会談の際に条約の署名がなされました。
条約の発効、実施に当たっては、双方の国会での条約の批准が必要となります。
どういうことかと申しますと、条約は署名が行われた後に双方の国の国会で条約の承認手続きが必要となります。
この国会での承認が行われない限り、署名していても条約は実施されません。

日本について言えば、本件条約署名後、最初に行われた昨年の臨時国会では、政権交代がなされ、予算の組み替えなどが行われていたため、本件条約が国会で話し合われることはありませんでした。
外務省としては、現在行われている国会で審議して頂くことを希望しているのですが、 国会次第なので、今国会で本件条約が署名されるか否かははっきり分からない状況です。

いずれにしましても、この国会での承認が行われない限り、条約は実施されないこととなります。逆にいえば、国会での審議が行われ、承認されれば、すぐに実施されることとなります。

志賀さんのメールからは条約が発効されれば、すぐに日本人の受刑者が移送されるような感じを受けますが、そうではなく、まず受刑者自身が自国への移送を希望しなければ、移送は行われません。

受刑者自身が収監されている刑務所(乃至タイ法務省)に移送希望を申し出た後、タイ及び日本で受刑者移送の是非について話し合いがなされます。
その結果、双方の国とも移送に問題なしと結論が出た後、移送が実行されるといった手続きになります。従いまして、移送時期については、各々の受刑者によって異なります。

また、刑期については、裁判国のみが変更できることになっておりますので、 タイで恩赦等の処分がなされない限り、日本に移動しても現在の刑期が日本での刑期になります。

以上につきましては、私が12月に領事面会を行わせて頂いた際に長期受刑者のみなさまには説明させて頂いております。なお、条約本文にについても昨年9月に長期受刑者に対して手紙で送付しており、12月の領事面接の際に皆様に本件条約文が届いていない人はいないか聞いたところ、 みなさん受領されているとのことでした。なお、我々も現時点では条約本文しか資料はありません。

今後、主管官庁である法務省が資料を作成するとの話は聞いておりますが、 現時点で資料は出来ていないようです。条約文につきましては、インターネットでも入手できるようですので、ご興味があればご確認ください。 以上取り急ぎご連絡させて頂きます。


以上、大使からのメールでした。

 まず気になるのは、国会次第で、いつ移送されるかわからないという点。さらに、タイの刑期がそのまま、日本の刑期に繰り越されるという点。もしも、タイの刑期が残り20年とか30年だと、日本に移送されても終身刑と全く変わらないって話。
 本当に法律というものはむちゃくちゃ過ぎる。一回ミスったら一生檻の中って。これ、もしもやってもない冤罪で終身とか死刑なんてシャレにならない。この隔離施設と制度なんとかせにゃまずいんじゃないのか。


旅報告会 in 大阪・オシテルヤ

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もう、旅の報告会もないだろうと思っていたら、
ジェロニモレーベルっていうバンドにドラム参加している
男が抱きたくなる男・ドムノウくんが、大阪でわたしのお話会を
開いてくれます。

さらに、会場のオシテルヤっていう、民家を改造してつくった
コレクティブハウスもおもしろそうです。

大阪の方、ぜひとも遊びましょー!

〈志賀さんの話を聞いたり話したりする会〉

子供たち

3年ものあいだ世界のあちこちを放浪してきた青年が、どういうわけか、大阪のそのへんに流れ着きました。

東南アジアの仏教寺院で修行しては出家すべきか本気で悩み、パレスチナでは「ワンダーウォール・キャンペーン」と称して巨大な隔離壁に日本から送られたグラフィティやポスターを貼りまくり、ヨーロッパでは連日各国のスクウォットを渡り歩き、メキシコではサパティスタの村でボランティアをし、キューバでは漁師をしていたという志賀直輝さん。その長い長い強烈な旅の話を、時間と体力の許す限り、聞かしてもらおうという企画です。こら絶対におもろいです。

ここ大阪には巨大なコンクリの隔離壁はなくとも、オレンジ色のフェンスや見えない壁やが四方八方十六方を囲んでいます。この壁、どうにかしませんか? なにか、そんなことへのヒントが聞けそな気もするのです。みんなで話を聞いて話しましょう。

〈日時〉
2月21日(日) 
16時オープン16時半くらいからスタート

〈会場〉
オシテルヤ
東住吉区南田辺5-11-20(市立南田辺小学校の東側)
地下鉄長居駅・JR鶴ヶ丘駅から徒歩10分
HP→http://www.dogodog.com/os/top.html 

参加無料、飲食物持ち込みオッケー、酒類なんぼか用意するんでそんときゃ払いたいだけカンパたのんます。収益分(あれば)は会場であるオシテルヤの運営費にまわります。もちろんオシテルヤへのダイレクトなカンパも大歓迎。

〈連絡先〉
ドムノウこと得能
090-7555-0251
neko-niko-ban@ezweb.ne.jp

行き方
1411159733_166[1]


壁反対運動への弾圧 

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転載・転送歓迎!!

パレスチナ反アパルトヘイト・ウォール草の根キャンペーン

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ストップ・ザ・ウォール・キャンペーンの事務所が襲撃される。

2010年2月8日 昨晩、ラマッラーにあるストップ・ザ・ウォール・キャンペーンの事務所が襲撃された。10台ほどのジープや軍用車両、武装バスが建物を取り囲み、兵士達は、部屋を捜査し、オフィスのなかをひっくり返し、コンピューターのハードディスクやノートパソコン、ビデオカメラ、さらに、書類やCD、ビデオ・カセットまでも押収した。

キャンペーンに対するこの攻撃は、強められつつある反「壁」運動への弾圧の一環であり、ジャマル・ジュマとムハンマド・オスマン――二人とも、強い国際圧力によって釈放された――の逮捕に続くものである。逮捕作戦は今も継続しており、現在約40名の反「壁」運動の活動家が、彼等の草の根の大衆運動や国際的な啓発活動のために、イスラエルの監獄に拘束されている。

彼等の多くは、「壁」に対する激しい抵抗で有名な、ニイリーン村の住民である。強化されつつある逮捕作戦の一環として、先月、20名が逮捕されており、これは、この村における草の根の反「壁」運動を標的とした逮捕作戦のなかで、最も厳しいものであった。

占領軍は、また、外国の活動家も標的としている。国際連帯運動(ISM)で活動していた二人の外国人が[2月7日に]ラマッラーで逮捕されている。その数日前の晩、占領軍は、彼らが滞在していたアパートを襲撃していた。先月、同じグループのもう一人の活動家がラマッラーで、夜中に急襲され、逮捕・国外追放されている。

草の根の大衆運動に対する攻撃が続いているが、「壁」に反対するパレスチナ人の闘争を屈服させることはできないであろう。現地における、そして、国際的な場における抵抗運動は、「壁」の撤去を要求した国際司法裁判所の決定が履行されるまで、止むことなく続けられるであろう。

※原文は下記のサイトhttp://stopthewall.org/latestnews/2177.shtml

抗議先: ニシム・ベンシトリット
駐日イスラエル大使Ambassador Nissim Ben-Shitrit
駐日イスラエル大使館Tel: 03-3264-0911
(代表)/ 03-3264-0561(広報室)FAX: 03-3264-0792
(広報室)E-mail: information@tokyo.mfa.gov.il

ベンヤミン・ネタニヤフ首相
Prime Minister Benjamin Netanyahu
Tel: +972-2-670-5555
Fax: +972-2-566-4838
Email: pm_eng@pmo.gov.il / bnetanyahu@knesset.gov.il


世界を旅する友へ!バンクワン刑務所に面会へゆこう!

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このフライヤー貼ってください!!

▼「バンクワン刑務所に面会へゆこう!」フライヤー
http://irregular.sanpal.co.jp/images/thai_prison_menkai.jpg

▼「刑務所へ本を送ろう!」フライヤー
http://irregular.sanpal.co.jp/images/thai_prison_books.jpg

バンコクのカオサン周辺やタイ、世界各地の「日本人宿」の情報ノート、日本食レストランに「タイ・バンクワン刑務所へ面会に行こう!」と「バンクワン刑務所に本を送ろう!」のフライヤーを貼ってくれる方、プリントアウトして貼ってください!!

面会募集のフライヤーを貼る以前は、刑務所への面会がほとんどありませんでした。しかし、世界各地にフライヤーを貼りだしたら、なんと面会者が増えて、刑務所内と外の交流が始まりました!!
さらに、今後、世界各地でドラッグによる逮捕者が減ることを願って!

フライヤーは老朽化するので、ぜひともご協力お願いします!


フライヤーデザイン:トウショウマサキ
協力:IRA、ハーポプロダクション、素人の乱12号店、多くの友人。





プロフィール

志賀直輝 

Author:志賀直輝 


志賀直輝 a.k.a. kitou seishi


海外逃亡をへて4年ぶりの糞賃労働の日々。パートナーの出産と共に主夫強制引退。現在は、育児と保守的な職場内で闘争実施中。近い将来は、子連れ狼になりたい。


と思っていたが、原発事故によって一寸先は闇、現在、原発猛反対中。文字通り、お先まっくろ(アナキスト)でございます。どいつもこいつも、金、金、金、みんなでアナーキーに生きるしかない!原発や原爆の原料になるウランのある山を畏怖し近かづかなかったインディヘナたちは、7世代先の子どもたちのことまで考えていたらしい。っていうんだから、アナーキーかつインディヘナなように!

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