World advance 

シコシコアナキスト日誌

スポンサーサイト

Category: スポンサー広告  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


癒しようのない心の傷

Category: 未分類  
癒しようのない心の傷

エヴァ・バートレット
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2009年1月21日


《2009年1月20日》

ガザ市シャジャイヤ地区、無惨な姿をさらしているワファ・リハビリテー
ション・センターから続く通りはどこも黒い汚物があふれ、強烈な下水の
臭いをまき散らしていた。12日に白リン弾と思われる化学弾を撃ち込まれ
て屋根が焼け落ち、15日にも4棟の建物が激しい爆撃を受けた病院は、治
療の再開に向けて懸命の再建作業を続けているところだった。同じように
爆撃され、火災を起こし、ひどい損傷を受けた、タル・アル・ハワ地区の
アル・クドゥス病院でも状況は同じだ。

一緒に行動しているカナダのTVのクルーに「火は昨日まででおさまったよ
うです」と言ったばかりだったのに、まだ何カ所も燃えている個所があ
り、折々に、あちこちで新たな白い煙と炎が上がるのが見えた。こうした
光景は、私はもう何度も目にしてきたけれど、TVクルーは、爆撃から8日
がたった今もチロチロと燃え、くすぶり、いつなんどき勢いよく炎を上げ
て再び燃え出すともしれない状態が続いていることに驚きを隠せなかっ
た。

北部ガザの赤新月社チームは、少し前から、エズビット・アービド・ラブ
地区のステーションに集まって、透明なプラスチックフィルムを窓の大き
さに合うように切っていく作業を進めている。家や周辺に爆弾が落ちてガ
ラスを吹きとばされてしまった窓に貼るためで、とりあえず寒さをしのぐ
ためのサポートの第一歩だ。でも、家をなくしてしまった人たちには何を
提供できるだろう。せめてテントでもあればいいのだが。

病院の様子を見たあとで、私は数時間にわたって、ある大家族の人たちに
話を聞くことができた。家への砲撃、白リン弾によるとおぼしき火災、家
を占拠したイスラエル兵たちが残していったおぞましい落書きの数々、4
日間、食べ物も水も薬もなく、トイレにも行かせてもらえないまま、家に
監禁されていた高齢の両親、飼っていた羊と山羊までが殺されたこと。監
禁されていたウンム(お母さん)はいまだに恐怖が抜け切らない様子で、
合間に何度も何度も「話を聞いてくれてありがとう」と言いながら、恐ろ
しかった数日間の出来事をとめどなく話しつづけた。「本当に恐ろしいも
のを見てしまった。身の毛がよだつようなことばかり。これまでイスラエ
ル兵は3回やってきたけど、今度のが一番ひどかった。道端にはいっぱい
死体が転がっていた。私たちはただの年寄りなのに、なぜこんなことをす
るの?」 ふたりはひと部屋だけの自分たちの家から息子たちの家の1室に
連れていかれて、そこに閉じ込められ、イスラエル兵は、ウンムが毎日飲
まなくてはならない薬とインスリンを取り上げて、足で踏みにじった。ウ
ンムより年上のアブー(お父さん)は胸ポケットから吸入薬の容器を取り
出して、これも閉じ込められている間、使わせてもらえなかったと言っ
た。

家族全員が友人であるアブー・N一家の家にも行き(このところ毎日行っ
ている)、今日はアブー・N自身から詳しい話を聞くことができた。ずっ
とアブー・Nのことが心配でならなかった。3週間近く、アブー・Nは生き
ているだろうかと気をもみつづけたのち、2日前にようやく会うことがで
きたのだが、その時のアブー・Nは、土気色と言っていいひどい顔色で、
ナーバスで、完全に打ちのめされているように見えた。昨日も同じ、弱々
しく、以前のアブー・Nの誇り高い年配者の雰囲気はほとんど見られな
かった。奥さんを殺され、みずからも恐ろしい体験をしたのだから、それ
も当然のことだろう。それでも、今日は以前のアブー・Nにかなり戻って
いて、笑い声を上げながら息子のひとりと会話の時間を奪い合う様子に、
私は心から嬉しくなった。最初のうちこそ、途切れ途切れにしか英語が出
てこなかったアブー・Nだが、自分の身に起こったことを証言するのだと
いう固い意志に、言葉が少しずつ波打つように出てくるようになっていっ
た。ウンム・Nを失って、このうえない悲しみに押しつぶされているふた
りが、また元の自分たちを、生(せい)を取り戻しつつある姿を見るの
は、とても勇気づけられることだった。

なんとも無作法ではあったけれど、私は夕食前にアブー・Nの家を辞し
た。みなが口々に、一緒に夕飯を食べていってくれと言った。普段だった
ら絶対に断ることはない。めちゃくちゃにされた家を、全員で少しずつ元
の状態にしはじめたばかりの、こんな時ならなおさらのこと。占拠してい
たイスラエル兵が垂れ流していた糞便はすべて取り除かれた。この汚らし
いイスラエル兵の置土産は全部袋に詰めて家から持ち出され、イスラエル
兵が汚したカバー類もすべて袋に入れて燃やされ、粉々になった食器や、
そのほかの壊された物もすべて片づけられた。家はガランとしていて、真
新しい銃弾と戦車砲の痕がいたるところにある。そして、依然として家中
に漂っている、なんとも言いようのない臭い。2週間にわたって家を占拠
していた兵士たちが残していった糞便と、そのほかの得体の知れない汚な
らしい物の不快な臭い。イスラエル軍が占拠していた地域の家はどこも、
これと同じ悪臭が漂っていた。

とにもかくにも、アブー・N家の人たちが自宅の台所で夕飯の支度ができ
るまでになったことは喜ばしく、私をもてなそうというみんなの気持ちに
は本当に心暖まる思いだった。それでも、私は失礼しなければならなかっ
た。アラファの家族のもとに行く時間だったからだ。

救急医療チームの一員として働いていたアラファ・ハニ・アービド・ア
ル・ダイムが殺されたのは1月の4日、怪我をした人と遺体を救急車に収容
しようとしていた時のことだった。

アラファが殺されてから14日めになって、家族はようやく3日間の追悼式
を営むことができた。私は、一家の家に行って初めて、今日が追悼式の3
日めだということを知った。当然ながら、奥さんの嘆きと悲しみ──心やさ
しい男性、よき夫、愛する子供たちの父親を失った奥さんの姿は、たとえ
ようもなく痛々しかった。そして、私は自分がまだ泣くことができるのを
知った。この3週間の間、ありとあらゆるレベルの怪我をした人たちを、
死と紙一重の状態にある人たちを、これ以上考えられないほど凄惨な死に
追いやられた人たちを見てきて、私は何事に対しても、驚くほどに動じな
くなっていた。イスラエルの爆撃が続く恐ろしい時間を過ごすうちに、爆
撃音を聞くだけで湧き上がる恐怖や、今、自分が爆撃を受けているのだと
思う時のショックや恐怖、さらには死に対してさえも、ほとんど感情を揺
さぶられることがなくなっていた。でも、アラファの奥さんの目を見つ
め、奥さんの心の痛みを感じ、アラファを失った時の私自身の痛みを思い
出していると、心の奥にある私の感情は最初のまま、なまなましいままで
沸き立っているということが、このうえなくはっきりとわかった。いずれ
は、数え切れないほどの思いが表面に出てくるのだろう。状況がもう少し
落ち着いた時になってから、抑えようもなく湧き上がってくるのだろう。

このことに気づいた時、私はハタと、もうひとつの厳然たる事実に思い
至った。パレスチナの人たち、とりわけ、これまで何度となく繰り返され
る侵攻に耐えつづけてきた大勢の人たちには、実のところ、こうした痛
み、心が受けた傷の深さに対処するすべがないのだ。心にダメージを受け
るような事態はほかにもいくらでもある。軍事占領下での暮らし、自分や
家族の一員が投獄される状況、ボーダーを閉ざされ封鎖された中での生
活……これらは、無数の要因の中のほんの一部でしかない。

アブー・Nの孫のひとり、アブダッラーは、今ではほとんど泣いてばかり
いる。2か月前に最初に会った時には、ちょっぴり生意気な6歳のわんぱく
坊主だったアブダッラー。この子は今、爆弾の炸裂する音と無人機の飛行
音の記憶からどうしても離れられないでいるように見える。無人機の音
は、私にもすぐにわかる。今も──1月20日の真夜中、「停戦」の2日めに
入った今も、無人機が頭上で旋回しつづけている。今ここで聞こえてくる
違えようもない無人機の飛行音を、私は、この3週間の空爆とそれに伴う
死から切り離して聞くことはできない。アブダッラーも同じなのだ。で
も、アブダッラーが、今後、このことでどんなセラピーも受けることがな
いのはほぼ間違いない。家族がどれほどアブダッラーのことを思いやって
いても、実際にそうしたセラピーを受けさせてあげられる機会はまず訪れ
ないだろう。アブダッラーはこの重荷を、将来の重荷ともども、ずっと抱
えていかなければならないのだ。パレスチナの大多数の人と同じように。

ガザに対してなされた今回の戦争の結果をまざまざと示しているものはい
たるところにある。巨大なクレーター。すべての町や市の全域に広がる破
壊された家とビル。焼け落ちた倉庫、店舗、病院、学校、車、そして、も
ぎとられた手足、焼けただれた皮膚、今もなお燃えつづけている火。しか
し、アブダッラーをはじめとするガザの人たちの深い深い心の傷は、体の
傷以上に、人々が生きる社会そのものを不具にしてやろうという意図のも
とにもたらされたものなのだ。

・・・

エヴァ・バートレットはカナダ人の人道活動家、フリーランサー。2007
年、西岸地区の各地に8カ月、カイロとラファ・クロッシングに4カ月滞
在。2008年11月に第3次フリー・ガザ運動の船でガザに到着したのち、現
地にとどまり、国際連帯運動(ISM)の一員として活動を続けている。現
在、ISMメンバーは、救急車同伴活動を実施し、イスラエルのガザ空爆・
地上侵攻の目撃証言を現地から発信している。

"Profound psychological damage in Gaza"
Eva Bartlett writing from the occupied Gaza Strip, Live from
Palestine, 21 January 2009

原文:
http://electronicintifada.net/v2/article10230.shtml

翻訳:山田和子

※この翻訳は以下に掲載されています。
http://palestine-heiwa.org/news/200901291553.htm

・・・

エレクトロニック・インティファーダ:
http://electronicintifada.net/new.shtml

バートレットさんのブログ(In Gaza):
http://ingaza.wordpress.com/

ISM(国際連帯運動)サイト:
http://www.palsolidarity.org/

YouTubeのISMの動画チャンネル:
http://jp.youtube.com/profile?user=ISMPalestine&view=videos

************
スポンサーサイト


東京の愉快なお店

Category: 未分類  
東京には、かなりおもしろい店がたくさんある。それも商売目的というより人が集うための場所。こういったとこを利用して、暴動をくわだてるのもいいじゃないでしょうかね。ぜひ、一度遊びにいってみてください。

で、いかがその仲間たちが作るフリーペーパー。今回はお情けでわたしの文章も載っています。

以下転送。

素人の乱、気流舎、あかね、poetry in the kitchen、模索舎、IRA、各店の情報&お知らせやイベント・スケジュールのほか、おなじみ志賀ちゃんのコラム「海外逃亡のすすめ」も掲載。

各店舗をはじめいろんなところで配布中。

「TOKYOなんとか」2月号。
http://a.sanpal.co.jp/irregular/tokyonantoka/200902_01.pdf
http://a.sanpal.co.jp/irregular/tokyonantoka/200902_02.pdf


ガザからの報告/学校再開初日

Category: 未分類  
********* 転送可 **********

ガザからの報告――アブデルワーヘド教授

【メールその40】
日時:2009年1月24日18:38
件名:学校再開初日


ガザ市内の学校が再開された初日、精神的外傷を負った生徒たちのさまざまな物語が新たに分かった!たとえば私の末の息子は学校に行きたがらない。イスラエルが新たに攻撃を仕掛けてくるかもしれないと言って恐がっているのだ。息子は、もと治安警察の複合ビルに対するF16による奇襲攻撃に遭遇していた。その場で5人の市民がーー通りがかりの者たちだったーー即死した。うち3人は、息子がスクールバスを待って立っていた場所からほんの数メートルのところで亡くなったのだった!大丈夫だからと、学校当局は今日一日まるまる、子どもたちを楽しく遊ばせようと心を砕いているからと、息子に納得させるのは至難の業だった。

ところで、12歳になる息子のカリームは、クラスの優秀者名簿の筆頭で、学校や先生たちのことが大好きだ!その息子が学校から帰って、侵攻によって傷ついた他の者たちの話をいろいろ聞かせてくれた。どの生徒にも新たな恐怖の物語がある;誰もが心に傷を負っている!

長男のハルドゥーン(16歳)は、アメリカのパスポートを持っているのだが、彼から聞いたのは、一人の生徒が空襲で殺されたこと、また、ほかの生徒が手を負傷して病院に担ぎ込まれたことなどだった。その生徒は、病院に着くやいなや、手を切断された。学校もぞっとするような話で満ち、悲しみに沈んでいた。

17歳になる娘ソムード、彼女もアメリカのパスポートを持っている。彼女は私と長時間にわたる話し合いの末、学校に行った。学校が再開された初日のようすを見てくるようにと、私は娘を説得した;それは問題なかった。学校で、彼女は、イスラエル兵による拷問について微にいり細を穿った話を聞いてしまったのだった!娘が学校を出て歩いていると、彼女の同級生が地面を強く蹴った。砂が燃え上がった。爆弾の破片があったのだ:イスラエル軍が撤退して8日たっても、白燐弾が残っていて、ある状況のもとで発火するのだ。

昨夜はゆっくりと眠った。この30日以上ものあいだで初めてことだ。だが、子どもたちのことがなおも心配だ。子どもたちのうち2人は依然、自分のベッドで眠ることができない。 子どもたちがふつうの生活に戻れる
よう、ケアし続けなければ。


******転載・転送歓迎******

【東京】CAPPディアスポラ研究会シンポジウム「ディアスポラの力を結集
する──ギルロイ、スピヴァク、ボヤーリン兄弟」

---------------------------------------------------------------------------
ユダヤ・ディアスポラの思想経験から近代世界を乗り越えることを試みた
画期的な一書、ジョナサン・ボヤーリン&ダニエル・ボヤーリン著『ディ
アスポラの力──ユダヤ文化の今日性をめぐる試論』の翻訳刊行(2008年)
を機に、ボヤーリン兄弟と問題意識を共有するポール・ギルロイ、G・C・
スピヴァクらの訳者・研究者を迎えて、「ディアスポラ」をめぐる多角的
なディスカッションを行ないます。(案内文より)
-----------------------------------------------------------------------------

2009年2月6日(金)午後1:00-6:00

■会場:東京麻布台セミナーハウス大会議室(東京都港区麻布台
1-11-5/Tel:03-5545-7789/地下鉄神谷町駅3分)
http://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/access.html

■プログラム:
第一セッション:「ユダヤ・ディアスポラとブラック・アトランティック
の出会う形」
  鈴木慎一郎、浜邦彦、合田正人、赤尾光春(=司会兼)
第二セッション:「ディアスポラとサバルタンの位相」
  本橋哲也、鵜飼哲、上野俊哉、早尾貴紀(=司会兼)

■参加費:無料/一般公開

■詳細情報:
http://hayao.at.webry.info/200901/article_8.html

■主催:CAPP(アジア太平洋研究センター)ディアスポラ研究会
 コーディネート:赤尾光春・早尾貴紀(CAPP研究員)

アル・ガド掲載ページ:
http://d.hatena.ne.jp/al-ghad/20090206/1232845413

********************

******転載・転送歓迎******

【石巻】イスラエルはなぜガザを攻撃するのか?──『レインボー』上映+
早尾貴紀講演

2009年2月8日(日)午後2:00-4:30

■会場:石巻文化センター2階研修室(宮城県石巻市南浜町1-7-30/
Tel:0225-94-2811)
http://www1.odn.ne.jp/~adf53200/center/bun_c/root/map.html

■ 『レインボー』上映

■講演:早尾貴紀(社会思想史研究。東京経済大学非常勤講師)

■参加費:無料

■主催・問い合わせ:いずみ文庫
 Tel:0225-22-0508(日下)

アル・ガド掲載ページ:
http://d.hatena.ne.jp/al-ghad/20090208/1232758514

********************

******転載・転送歓迎******

【横浜】「ガザで何が起きているのか ~パレスチナに生きる人びと~」
『ガーダ パレスチナの詩』上映+ゲストトーク

2009年2月7日(土)午後1:30-5:00(1:00開場)
 映画上映:午後1:30-3:20/ゲストトーク:3:30-5:00

■会場:県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)5階映像ホー
ル(横浜市栄区小菅ヶ谷1-2-1/JR本郷台駅すぐ)
http://www.k-i-a.or.jp/access/index.html

■ 『ガーダ パレスチナの詩』 撮影・監督:古居みずえ(2005/日本)上


■ゲスト:土井幸美(パレスチナ子どものキャンペーン ボランティ
ア)

■対象:高校生以上

■参加費:無料

■定員:130名/事前申し込み制(当日参加も可。定員を超える場合
は先着順)

■問い合わせ・申し込み:県立地球市民かながわプラザ 学習サービ
ス課(担当:天沼) Tel:045-896-2899/Fax:045-896-2299(祝日を除く
月曜休み)/メール:gakushu@k-i-a.or.jp(件名【2/7地球市民ひろ
ば】)
※申し込みの際には、名前・連絡先のほか、いくつかの事項を伝え
る必要があります。以下の詳細情報のページでご確認ください。

■詳細情報:
http://www.k-i-a.or.jp/plaza/news/20090207_ghada.html

■主催:地球市民かながわぷらざ(かながわ国際交流財団)

アル・ガド掲載ページ:
http://d.hatena.ne.jp/al-ghad/20090207/1232848168

********************


 1986年、イギリスの新聞「サンデータイムズ」が、イスラエルが、200発
あまりの核弾頭を持っているというスクープ記事を掲載しました。世界を騒然と
させたイスラエルの核武装を暴露したのが、イスラエルのディモナにある地下の
秘密核開発施設で技師として働いていたモルデハイ・バヌヌでした。
 
 彼がイスラエルの核武装を暴露し、お尋ね者になり、逮捕されて投獄されるま
でをドラマで描いた番組がNHKBS1で放送されます。
 
“核”の内幕 第4回 イスラエルからの告発 ~地下核施設を暴露した男~
 http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/080725.html
 
 放送日:1月29日 木曜日 後9:10~10:00
     2月6日 金曜日 前10:10~11:00
     

==============================


私の家を壊したのはなぜだ、シャロン!?

Category: 未分類  
私の家を壊したのはなぜだ、シャロン!?
──レインボー作戦から1年がたって

ムハンマド・オマル

“Sharon, Why Did You Destroy My House?”: Operation Rainbow a Year
Later

Mohammed Omer

・・・

イスラエル軍は、この軍事侵攻を「レインボー作戦」と名づけた。そし
て、この名前はコンピュータで無作為に選んだものだと言った。しかし、
殺戮の1週間を耐えたラファの人たち、ラファの子供たちにとって、「レ
インボー作戦」の名は、このとてつもない恐怖の1週間を表わすにはあま
りに腹立たしい脚注だった。

ギリシャ神話では、虹は、大地とオリュンポス山、人間と神々の間をつな
ぐ橋だ。旧約聖書では、大洪水を起こして世界を破滅させたのちに、神
は、平和と再生の象徴として空に虹をかけたと記されている。だが、2004
年の5月、ラファの夜空を覆いつくした砲弾・爆弾がもたらしたのは死だ
けだった。「レインボー作戦」の名が妥当だと言えるとしたら、それは、
あれから1年たった今、ラファの人たちに襲いかかったイスラエル軍の激
烈なテロ攻撃のイメージは誰の頭にもまだありありと残っているのに、実
際の痕跡は虹のように薄れかけているというところにしかない。

第2次インティファーダが始まってからほぼ3年、ラファの人たちにとっ
て、イスラエル軍の侵攻はもうすっかりおなじみの出来事になっていた。
上空にアメリカ製のアパッチ攻撃ヘリが現れ、地上の戦車とともに砲弾を
浴びせかけ、その後に巨大ブルドーザーがやってきて、家を、電気や水道
などのインフラ設備を、人間を押しつぶしていく……これがいつもの手順
だった。

「レインボー作戦」遂行の口実は、それまでの幾度もの
侵攻と同様、「保安上の理由から」──ラファからボーダーを越えてエジプ
トにつながっている密輸トンネルなるものを見つけ出し、破壊するという
ものだったが、2004年5月のイスラエル軍の攻撃/大殺戮は、エジプトと
のボーダーからかなり離れたラファの北部、タル・エッ・スルターン地区
とブラジル地区から始まった。戦車とブルドーザーは道路という道路をズ
タズタにし、電気・水道・下水のライフラインを完全に破壊し、地区全域
の家屋を押しつぶし、はては、ラファのたったひとつの小さな動物園まで
ブルドーザーの下敷きにしてしまった。

イスラエル軍の狙撃兵は、背の高い家の屋上に陣取り、ありとあらゆるも
の、動いているありとあらゆる人間に銃撃を浴びせた。洗濯物を取り込み
ペットのハトに餌をやろうとしていた10代の子供ふたりを「敵対的な動き
を見せた」と言って撃ち殺した。空からはアパッチ攻撃ヘリが間断なく砲
弾を落とし、大勢の人たちが手も足も頭も胴体もバラバラにされて一帯に
飛び散った。

レインボー作戦が進行していくうちに、食べ物も水も医薬品もなくなって
いった。救急車はイスラエル軍の銃撃に阻まれて、怪我をした人のもとに
行くこともできなかった。アン・ナジャール病院の遺体安置室はあふれか
えり、やがて、殺された人を埋葬するために外に出ることさえできなく
なって、急遽、それまで野菜を入れていた商用の大型冷蔵庫が遺体を保存
するために使われることになった。

ひとときたりとやむことのない爆発と銃撃の音も、住民の絶望の声をかき
けすことはできなかった。ひときれのパンを、コップ1杯のミルクを、ひ
としずくの水を欲しがって泣く子供たち。その子たちに何も与えることが
できないのを嘆く父親と母親。突然夫を亡くして寡婦になった女性と親を
亡くして孤児になった子供たちの悲しみの声。死にかけた人、手足を切断
された人たちの苦悶の叫び。そんな合間に沈黙が降りるのは、かつて人間
だったものの一部分を目のあたりにした時だけ。バラバラになった脚、
腕、胴体の一部。救急車の運転手が回収できたのはそれだけでしかなく、
みな、ショックと信じられないという思いに包まれて声を失ったまま、ど
れが自分の家族や親族や友人たちの脚や腕や胴体の一部なのかを、何とか
確認しようとしていた。

1年たった今でも、当時の写真を見ると吐き気がこみあげてくる。どれも
コンピュータの画面上のただの点の集まりにすぎないというのに。僕は、
この時点で初めて、これらの写真のリンクに「正視できない残酷な写真で
す」と、警告と謝罪をつけるようになった。それでもなお、あの時、つい
今しがたまで生きている人間だったもののバラバラの断片が山と詰まれた
病院の担架の横に立っていた時の、あの血と肉片の現実よりは、写真のほ
うがまだしも耐えられると言っていい。

国際社会の抗議の声が届くのは遅く、聞こえてこないも同然だった。レイ
ンボー作戦が終了するまでに、60人のパレスチナ人が殺され、数百人が負
傷し、多くが一生に及ぶ障害を抱えることになり、数百軒の家が破壊され
て、何千人もの人が住む場所を失った。

5月16日、イスラエル軍のアパッチヘリは、武器など持っていない数百人
の大人と子供のデモの隊列に砲弾を撃ち込んだ。数人が死亡し、大勢が負
傷した。このデモは、国際社会に、食べ物と水の支援に加えて、何とか介
入してほしいと訴えるものだった。イスラエル軍は「パレスチナ人が先に
銃撃してきた」と強弁したが、デモに参加していた10人以上のジャーナリ
スト──ほとんどが、それぞれに何とか戦火をかいくぐってやってきた人た
ちだった──が撮ったビデオと写真で、デモに参加した人はいっさい武器を
持っていなかったことが証明された。

ここに来てようやく、アリエル・シャロンの全面的な支援者・協力者で
あったブッシュ政権も、公的な抗議の声を無視できなくなった。イスラエ
ル軍は徐々に撤退を始めた。だが、撤退が始まってから数日後、UNRWA
(国連パレスチナ難民救済事業機関)の当時の事務局長、ピーター・ハン
セン氏がラファの被害状況を視察に訪れた際、イスラエル軍の狙撃兵が、
国連の視察団一行からわずか1ブロックしか離れていないところで、3歳の
女の子を撃ち殺した。

レインボー作戦から1年たった今、53歳のアブー・ソフィ・アジャーレ
ワーンは、毎日、ほとんどの時間を、かつて自分の家だった瓦礫の山の前
で過ごしている。この大家族の長は、以前は、野外市場で魚を売って生計
を立てていた。しかし、今では、魚を獲ってもイスラエルの検問所を通し
てもらえることがめったにないので、漁師として暮らしていける者はほと
んどいなくなっている。レインボー作戦でイスラエル軍に住居を破壊され
てしまって以来、アブー・ソフィと家族にとって、普通の生活と呼べるも
のはいっさいなくなってしまった。

この1年間、53歳の老人は毎日、瓦礫の前の小さな黒いソファに座ってい
る。問いかけてみるといい。そうしたら、老人は、この瓦礫の山がかつ
て、どれほど大きな家だったかを話してくれるだろう。次々と建て増しを
続けて大きくなっていった一家の場。1年たった今、結婚した子供たちと
孫たちが、回収できる限りの家財道具を回収した今でも、アブー・ソフィ
はなお、ショックを受けているように見える。考えられないことは理解で
きないというふうに見える。

わしは、この家を両親から受け継いだと、老人は語ってくれるだろう。ど
この家も同じだが、息子たちが結婚して子供ができると、家は大きくなっ
ていった。金が貯まると、ここにもうひとつ部屋を、あそこにもう一階
を、というふうにどんどん広がっていった。ここは、アブー・ソフィが生
まれた家、アブー・ソフィが生涯をかけてやってきたことすべてが詰め込
まれている家であり、いずれ子供たちに譲られる遺産となるべきものだっ
た。

そして、蓄えも仕事も希望もほんのわずかなものになってしまった今──実
際、最も控えめに算定しても、現在、ラファの住人の80%以上が貧困ライ
ン以下の生活を送っている──、アブー・ソフィは日々、瓦礫の前に座って
いる。3歳くらいの幼い孫娘と、その友達が4人か5人、アブー・ソフィの
膝の周りに群がって、老人の言葉に熱心に耳を傾けている。アブー・ソ
フィはこう話している。「わしらは絶対にここに戻ってくる。いつか、も
う一度、家を立てるんだ。占領はいつか終わる。こんな不当なことには、
絶対に終わりが来るに決まっている」

最後の言葉で、いつもは静かなアブー・ソフィの声が高くなる。でも、こ
の希望に包まれた瞬間はすぐに消え、答えのない無数の問いへと続いてい
く。「きっと、きっと、きっと」と、アブー・ソフィはささやくように繰
り返す。「誰かいるだろう。わしの代わりにイスラエルの首相にこう言っ
てくれる人間が。『シャロン、なぜ、わしの家を壊した? わしらの生活
をめちゃくちゃにして、どうしてあんたの国がもっと安全に、幸福にな
るって言うんだ?』」。涙がしわだらけの頬を伝い、白くなった顎鬚に吸
い込まれていく。「なぜだ、シャロン、なぜなんだ?」

ラファのすべての人と同様に、僕も、僕自身の「答えのない問い」を抱え
ている。むろん、将来にかかわる問いもある。

交渉によって、はたして、公正な平和はもたらされるのか? あらゆる挑
発の行為を乗り越えて、停戦は維持されるだろうか?

でも、ラファでは過去から逃れられる者はいない。だから、僕はしばしば
こんなふうにも問いかける。

レインボー作戦の責任者、アブー・ソフィの絶望の本当の責任者は誰なの
だ? イスラエル軍のブルドーザーの操縦者か、アパッチ攻撃ヘリのパイ
ロットか、狙撃者か、命令を下した軍の高官たちか、政策を決定したイス
ラエルの政治家たちか、何も発言しないことによってイスラエルの暴虐を
看過した国際社会のリーダーたちか? この責任は、税金納入者として
シャロンとその政府を支援しているひとりひとりにまで及ぶのではない
か? この占領の現実を無視し、あるいは、裏ページに追いやって埋没さ
せている、西欧社会の主要メディアにまで及ぶのではないか?

そして、最近特に思うことが多くなったのは──何の罪もない人たちの体と
心が、瓦礫と化した家と同じように押しつぶされて土埃になっていってい
るというのに、あれだけたくさんの人たちが無関心でいられるのはなぜな
んだろう? 満ち足りてのんびりと日々を送っていられるのはなぜなんだ
ろう? 立派な生活を送っているそんな人たち──手足がなくなったわが子
の体を自分の腕に抱いたことなど一度もなければ、これからも決してあり
えないだろうそんな人たちは、でも、なぜか忙しくて、抗議の手紙一通書
く暇も、抗議の署名をする暇も、抗議のデモに参加する暇もないのだ。こ
の人たちには、はたしてわかっているのだろうか……沈黙が、爆弾や銃弾と
同じくらい確実に大勢の人たちを殺しているのだということが。

・・・

被占領地ガザからのムハンマド・オマルのレポート。
レインボー作戦の間に、ムハンマドは弟と5人の親族をイスラエル軍に
よって殺された。

この記事によって、ムハンマド・オマルは、New America Media
(Washington DC)の主宰する2006年度ベスト・エスニック・メディア賞
を受賞。

・・・

翻訳:山田和子

初出:Washington Report on Middle East Affairs, August 2005,
pages 22-23
原文:http://www.wrmea.com/archives/August_2005/0508022.html

************


ガザのアブデルワーヘド教授のメール

Category: 未分類  
ガザのアブデルワーヘド教授のメール

****** 転送自由 ******

訳文推敲の上、TUP-Bulletin 速報にアップします。
転載される方はそちらからお願いします。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/

【メールその39】
日時:2009年1月21日(水)14:14
件名:ガザ侵攻時間 第25日(2009年1月21日水曜)

皮肉なことだ;侵攻が終わったのだという。イスラエルの戦車が
その場から引き揚げていく。だが、私は言おう、侵攻は終わって
などいない。侵略者たちは今なおガザ地区の中にいるのだから。
再配備は撤退を意味するものではない!三首脳会談が続いて
開かれたが何を決めるというのだ? 政治的文脈で言っている
のではない、人道的文脈の話をしているのだ!私の主たる関心は、
市民が負傷したことであり、人間の命が失われたことだ!不幸な
ことに、どの国王も、大統領も、首長も、スルタンも、国家の代表団も、
誰一人として、イスラエルが人権を侵害したとは敢えて口にしよう
ともしないのだ;市民に対し、住宅に対し、白燐弾を無差別に
用いたことも「見えなかった」のだ!

最大の損害のひとつが農業生活の破壊だ!イスラエルは実に
広大な農業地帯を破壊した;ガザ地区全域に比して、それは
広大だ。軍事用ブルドーザーで木々を根こそぎにし、温室を
破壊し、植物を、穀物を、井戸を、灌漑システムを、伝染を、
そして畑にあるほかのありとあらゆるものを破壊した。文字通り、
その周りにあるありとあらゆるものだ!彼らは家畜を殺し、
食肉用の動物を殺し、鶏まで殺した!土地の姿が変わって
しまった!小さな土地を仕切る垣根さえ、壊された!農民たちの
家さえも破壊された!農地は、私の掌のようにまっさらになって
しまった!イスラエルはガザ地区で生きているパレスチナ人
ことごとくを罰したのだ!損害のおよそ50%が、農地における
ものだと算定されている。

ありていに言えば、イスラエルの対ガザ戦争は、ガザ地区の
ありとあらゆる者たちに対する無差別懲罰であったことが分かる!
それは、来るべき世代を殺害するプロセスだった;何百人もの幼児、
子どもたちが瓦礫の下で殺された。また、何百人もの女性たちが
民間人の住まいに対する狂気の爆撃で殺された!イスラエルによる
正当化や言い訳はまったくもって愚かしいだ。国連総長がガザを
訪れた;彼は、UNRWAの学校で罪もない市民がいかに非人道的な
生活をしているか視察した;彼は、ジャバリーヤ〔難民キャンプ〕にある
アル=ファフーラの学校へも足を運んだ。そこでは、イスラエルの戦車
からの砲撃によって、避難していたパレスチナ人67名が殺され、
何十人もが負傷したのだった!事務総長は、彼自身の言葉で
イスラエルを非難したか?だから何だ?そう私は言いたい、だから何だ、
国連事務総長の訪問が何だというのだ!3つの首脳会談が中東地域で
開かれたが、イスラエルによる人権侵害、戦争犯罪を非難する言葉は
一言も口にされなかった!

ガザでは、人々は今なお、彼らの死者たちを見つけようと努力している。
停戦になって最初の日だけで103体もの遺体が瓦礫の下から発見された。
その翌日にはさらに26体。捜索はなお続いている。全家族が、人間性の
地図から一掃されてしまったのだ!今や私たちは、いかにしてか怪我を
免れた者たち、生き残った者たちについて語るなら、世話してもらわねば
ならない何十人もの孤児たちのことを語ることになるだろう!いったい
これらの子どもたちを誰が面倒をみるのか?何の設備もなく、孤児の
ための正式な社会プログラムも何一つないというのに?ガザ地区には
孤児院が一つだけあるが、寄付と善良な施し主に依存する脆弱な組織だ。

侵攻25日目、敵対行為が停止され停戦になったというのに、
イスラエルの戦車がガザ地区中部地域に進攻し、2名を殺害した!
一方、昨日と今朝、イスラエルの軍艦から砲撃があった!
言うまでもないことだが、イスラエルの偵察機が複数、依然、
頭上でいらだたしい唸り声を上げている。そしてイスラエルの
戦車も依然、ガザ地区の境界内に展開しているのだ!


持続するアクションを!──ガザの人たちを沈黙のうちに死なせないために

Category: 未分類  
一方的なイスラエルによる停戦で抗議をやめるのではなく、これからが本当のイスラエルへのボイコット運動のときだと思います。

▼わたしたちにもできること イスラエル支援企業のボイコット
manzi.jpg



******以下、転送・転載・引用その他の利用・可******

持続するアクションを!──ガザの人たちを沈黙のうちに死なせないために

アリ・アブニマー
エレクトロニック・インティファーダ
2008年12月27日


「ラッパを吹き、太鼓を打ち鳴らして、イスラエル空軍が今行なっている
ことを祝いたい」──これは、ガザに隣接するスデロットのイスラエル市民
防衛隊幹部、オフェル・シュメーリングが、今日、アル・ジャジーラで言
い放った言葉だ。背後では、イスラエル軍の最新の殺戮の映像が世界に向
けて放送されていた。

そのほんの少し前、アメリカが供与したイスラエルのF-16戦闘機とアパッ
チ・ヘリコプターが、イスラエルが占領するガザ地区の10を超える場所に
100発以上の爆弾を落とし、少なくとも195人を殺害、100人以上に怪我を
負わせた。空爆された多くは警察署で、世界中の警察署がそうであるよう
に、どれも市街地の真ん中にあった。アメリカ合衆国政府は即刻、このイ
スラエルの攻撃に対する支持を表明した。他国もそれに追随すると思われ
る。

ニュースは、死者の多くはパレスチナの警察官だと伝えている。イスラエ
ルが「テロリスト」とレッテルを貼ったこれらの死者の中には、10人以上
の交通警官が含まれている。数はまだ判明していないものの、一般市民の
死者・負傷者もいる。アル・ジャジーラでは何人もの死んだ子供の映像が
流れており、イスラエルの空爆が、パレスチナの何千人もの子供が学校か
ら家に戻る時間帯、市街を歩いている時間帯になされたことがわかる。

シュメーリングの歓喜は、イスラエル人と世界中のイスラエル支持者たち
の間に広がっていっている。いわく──イスラエルの暴力は正当な暴力であ
る。これは「テロリスト」に対する「自衛」であり、したがって、当然正
当なものである。イスラエルの爆撃は、イラクとアフガニスタンでのアメ
リカ軍・NATO軍の爆撃と同様、自由と平和と民主主義のための爆撃であ
る、云々。

イスラエルの殺戮開始を正当化する論理もまた、早くも、英語圏のメディ
アによって、イスラエルの言葉どおりに伝えられつつある。いわく──12月
19日に停戦協定が期間切れとなって以来、パレスチナのロケット弾攻撃は
激しさを増す一方であり、イスラエルはその「報復」として行動してい
る、云々。(12月27日現在、最近のロケット弾によってイスラエル側に死
者・負傷者はひとりも出ていない)

しかし、パレスチナ側から見れば、今日のとんでもない攻撃も、パレスチ
ナ人を殺すイスラエルの「やり方が変わった」というだけのことでしかな
い。この何カ月もの間、パレスチナ人、とりわけ高齢者や病人は、食糧や
必要な医薬品が手に入らないため、世界の大多数の人には知られることも
ないままに、死に追いやられてきた。2年にも及ぶイスラエルによる封鎖
は、ガザ地区という広大な監獄に閉じ込められた150万のパレスチナ人
(その大多数は難民と子供だ)を苦しめ、その生を奪い取ることを意図し
て、計算ずくで行なわれてきたことなのだ。イスラエルは、不可欠な医薬
品のガザへの搬入を禁じた。インスリンやガンの治療薬、透析用の機器な
どが入手できなくなってしまったために、ガザ地区の多くのパレスチナ人
が沈黙のうちに死んでいった。

メディアが決して問わないことのひとつに、イスラエルの言う「停戦」が
どういう意味なのかということがある。イスラエルの考えはしごくシンプ
ルだ。イスラエル流の「停戦」下では、イスラエルがパレスチナ人を飢え
させている間、パレスチナ人を殺している間、パレスチナ人の土地を暴力
的に植民地化していっている間、パレスチナ人は当然、おとなしくしてい
るべきだというものである。イスラエルは、ガザのパレスチナの人々の
フィジカルな生活を支える食糧や医薬品の搬入を禁じただけではない。そ
こにはまた、パレスチナ人の意識・精神を飢えさせるという意図もある。
封鎖の結果、ガザには、子供たちの教科書を印刷・製本するインクや紙、
接着剤すらなくなっている。

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)ガザ事務所の所長、ジョン・
ギングは、11月、エレクトロニック・インティファーダにこんなふうに
語った。「停戦は5カ月めに入っているが、停戦はガザの人々に何の益も
もたらしていない。とりわけこの2カ月ほどは最悪で、人間らしい生活は
いっさい回復されてない。停戦に入ってから、私たち国連の支援物資の搬
入も厳しく制限されるようになった。実のところ、UNRWAのポジションそ
のものがどうしようもなく不安定で危ういところまで追い込まれている。
封鎖が数日続くだけで、備蓄食糧は底をついてしまう」

これがイスラエルの言う停戦だ。イスラエルの攻撃に対する反応はどんな
ものであろうと──西岸地区のビリーン村やニリーン村のアパルトヘイト・
ウォールに対する抗議行動のように、武器などいっさい関係ない平和的な
ものであろうと、銃弾や爆弾で迎えられる。西岸地区からイスラエルに対
するロケット弾攻撃はいっさいなされていない。それにもかかわらず、停
戦が始まってからも1日として、イスラエルによる攻撃、殺害、土地の収
奪、入植者たちの暴行、パレスチナ人の拉致・拘束がなかった日はないの
だ。ラマッラーのパレスチナ自治政府はこれまで、イスラエルの要求をこ
とごとく呑み、イスラエルに代わってパレスチナのレジスタンス勢力と戦
うための「治安部隊」を組織すらした。治安部隊はこれまで、イスラエル
の容赦ない植民地化の暴力の手から、ただのひとりのパレスチナ人も、そ
の財産も、生活の糧も救ったことはない。つい最近の例を見ても、11月9
日に、被占領東エルサレムで50年以上にわたって暮らしてきたアル・クル
ド一家の家が破壊された時、治安部隊はそれを止めようともせず、結果、
一家の家があった土地は入植者に奪われることになってしまった。

今再び、私たちはガザの殺戮をまのあたりにしている。昨年、2007年の3
月に、たった数日の間に10人以上の子供を含む110人のパレスチナ人がイ
スラエルに殺された時と同じように。今再び、この無法国家が、誰にもと
がめられることなく、恐ろしい犯罪を犯していることに、パレスチナの
人々は激しい怒りと絶望を感じている。

今日27日のアラブのメディアとインターネットでも、いたるところで怒り
が噴出している。だが、その怒りはイスラエルだけに向けられているわけ
ではない。アラブ諸国の指導者たちに対して、かつてなく激しい怒りが投
げつけられている。そして、そこに必ず付されているのは、クリスマスの
日のカイロでのイスラエルの外相、ツィピ・リヴニの映像だ。エジプト大
統領、ホスニー・ムバーラクの隣に座り、笑みを浮かべているリヴニ。そ
して、笑いながら一緒に手をたたいているエジプトの外相とリヴニの映
像。

イスラエルの大手新聞ハアレツは今日、「内閣は水曜(24日)、イスラエ
ルがガザに対し、いつどういう軍事作戦を実行するかに関しては、首相と
国防大臣と外務大臣が決定することを承認した」と報じた[*注]。みな
が口々に言っている。リヴニはエジプトの大統領や外相に何と言ったの
か? それ以上に重要なのは、エジプトの連中はリヴニに何と言ったの
か? イスラエルはエジプトに、ガザの市街を今一度血で赤く染めるゴー
サインをもらったのか? エジプトが1年以上にわたってラファのボー
ダー・クロッシングを閉鎖しつづけ、それによってイスラエルのガザ封鎖
を助けつづけてきたのは誰の目にも明らかだ。それを知った上でエジプト
に肩入れしようという者など(特別な理由がある者を除いて)あろうはず
もない。

またしてもガザで繰り返されるこの大量殺戮に、大勢の人が激しい怒りと
悲しみを味わっている。頂点にあるのは、その怒りを、事態の道筋を変
え、苦難を終わらせ、公正な状況をもたらすことができる政治レベルの対
応につなげていく方法がほとんどないようにしか思えないという絶望感
だ。

だが、方法はある。たとえわずかであっても、皆無ではない。そして、今
は、そうした方法にこそ集中すべき時だ。すでに、私のもとにも、世界中
で抗議デモや連帯のアクションが予定されているという知らせが続々と届
いている。これは、とても大きな意味を持っている。しかし、デモのうね
りが治まり、怒りの波が静まった時に、いったい何が起こるだろう? 私
たちはまたも、ガザのパレスチナ人たちが沈黙のうちに死んでいくのを放
置しつづけることになってしまうのではないか。

パレスチナ人が求めているのは、本当の連帯の行動、持続的な断固たる政
治アクションという形での連帯だ。ガザをベースとする「ひとつの民主国
家」グループは今日、この点を改めて確認し、こう呼びかけた。「すべて
の市民社会の組織・グループと自由を尊重する人たちに求めます。即刻行
動に移り、考えられる限りの方法で、それぞれの政府に、アパルトヘイト
国家イスラエルとの外交的つながりを絶ち、イスラエルに制裁を加えるよ
う、圧力を加えてください」

こうしたアクションのための枠組を提供してくれるもののひとつに、グ
ローバルな「パレスチナのための『イスラエルに対するボイコット、資本
の引き揚げ、制裁措置(BDS)』運動」がある。私たちのうちに沸き立っ
ている感情を、長いスパンでの活動につなげていかなくてはならない。今
こそ、それが最も必要な時だ。目が覚めてみたら、またも「新たなガザの
惨劇」が始まっていた──こんなことが二度と起こらないことを確実なもの
とするために。

・・・

アリ・アブニマー:エレクトロニック・インティファーダの共同創設者、
エディター(のちにエレクトロニック・イラク、エレクトロニック・レバ
ノンも創設)。プリンストン大学、シカゴ大学を卒業し、シカゴをベース
に、『シカゴ・トリビューン』『ロサンゼルス・タイムズ』などに寄稿し
ている。著書に One Country: A Bold Proposal to End the
Israeli-Palestinian Impasse (Metropolitan Books, 2006)がある。

原文:"Gaza massacres must spur us to action"
Ali Abunimah, The Electronic Intifada, 27 December 2008
http://electronicintifada.net/v2/article10055.shtml

[*注]:今回のイスラエルによるガザ全面攻撃の準備段階から内閣の承
認に至る経緯については、以下(ハアレツ紙12月28日付記事)に詳しく書
かれています。 http://palestine-heiwa.org/news/200901030059.htm

翻訳:山田和子

※この翻訳は以下に掲載されています。
http://palestine-heiwa.org/news/200901220004.htm

・・・

エレクトロニック・インティファーダ
http://electronicintifada.net/new.shtml

パレスチナのための「イスラエルに対するボイコット、資本の引き揚げ、
制裁措置(BDS)」運動
http://www.bdsmovement.net/

BDSの呼びかけ文(日本語)
http://palestine-heiwa.org/doc/20050709_badil_rc_al-majdal.html

************

イギリスの大学でイスラエルへの抗議、大学占拠

現在、イギリスのワーウィック大学でイスラエルによるガザへの大量虐殺に抗議する学生たちが大学の一室を占拠している。また、同様の活動が他のイギリスの大学、バーミングハム大学、ロンドン大学SOAS、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、エセックス大学、キングス・カレッジでも行われている。

教室の一室を「占拠」し、そこでできる限り居座り、関連フィルムの上映や、レクチャ
ー、ディスカッションをしているという。


ガザで殺された1300人とオバマの大統領就任を祝う人々

Category: 未分類  
 昨日、わたしのいる町で一部の米人たちが、大統領がオバマに変わったお祝いにパーティを開いていた。米国の莫大な支援によって支えられているイスラエルは米大統領がオバマに変わる前にパレスチナ人への虐殺を一方的に停止した。そして停戦を喜んだイスラエル兵士たちは各地でパーティをしている。
 その裏では、イスラエルによって1300人以上のパレスチナ人が殺された。そして今でも多くのパレスチナ人が死に絶えている。

 それでも、彼らはパーティをする。誰がいったい、この1300人の命の責任をとれるというのか?自分は直接、戦場にはいってないから無罪とでもいうのか。自分たちの政府がガザの人々を殺す手伝いをしているのに、ああ、大統領が変わった、だから、目出度いなんていってられるのか。大統領が変われば、ガザの人々を殺す支援をした罪は消えるとでもいうのか?

 黒人が大統領になれば、黒人への差別や抑圧がなくなるというのか?ブッシュじゃなければ、戦争がなくなるというのか?オバマと同じ政党のクリントンがやったイラクに対する経済制裁でいったい何十万人って人が殺されたというのか?大統領が変われば、アメリカ先住民への虐殺・土地の剥奪、黒人奴隷、広島・長崎の原爆、朝鮮戦争による南北の分断、ベトナムでの大量虐殺、アメリカ大陸への軍事介入とジェノサイト、イスラエルへの支援、アフガニスタンやイラクへの大量虐殺、世界中への軍事的・経済的侵略が帳消しにされるというのか?
 そんなわけはない。もちろん、米国の多くの人がこれらの行為に憤慨し立ち上がっている。しかし、その一方で大統領が変わったとパーティする人たちもいる。わたしはその後者にいいたい。1300人以上の殺されていった責任の一部は自分たちの政府にもあること。また、日本や多くの大国にもその責任があること。

これから私たちは、時間をかけて、ガザの殺されていった人々の声に耳を傾け、一体私たちは「なに」とやりあわなきゃいけないのか考えないといけないと思う。


これはパレスチナ人という存在に対する戦争にほかならない!

Category: 未分類  
これはパレスチナ人という存在に対する戦争にほかならない!
日時:2009年1月19日(月)1:51
件名:ハロー、破壊されたガザから!

2009年1月18日(日)侵攻23日目
ガザ停戦!これが停戦か?とんでもない!

今朝(2009年1月18日日曜)、イスラエルは一方的停戦を発表した。だが、実際には、彼らはコンタクトゾーンで銃撃を続けている。フェンスの向こう側で何時間かたって、パレスチナの諸組織が停戦を宣言した。その間も無人飛行機はガザ上空を立ち去ることなく、F16は、イスラエルによる停戦発表の12時間後になってさえいくつかの建物を攻撃目標にした。

ほかのところでは救助作業が続いている。今日初めて、残骸の下、農地のいくつかの場所やゼイトゥーン地区の裏道、ガザ地区の北部、そしてイスラエル軍が攻撃し破壊したところから、新たに100以上の遺体が見つかった!瓦礫や破壊された家の下から子どもたちをふくむ一家全員〔の遺体〕が発見された家族もたくさんある。医療関係筋によると、今日、発見された死者の2割が身元不明だという!発見された遺体のうち、17体は〔身元の判別が不可能なほど〕完全に腐乱が進みひとつの墓に埋葬された!

ゼイトゥーン地区の東部に住んでいたアル=サンモーニー家の一族も遺族になった。攻撃の最初の頃、イスラエル人たちはこの一族の13人を殺した!民間人で、白旗を掲げ、その場を通過させて欲しいと訴えていたのに、彼らは撃たれ、殺されたのだ。イスラエル兵たちはさらに、自宅にいた同じ一族の15人を殺害した!今日、停戦が発効し、救助チームはまたも、同じ一族の21体の遺体を発見した;この一族の50から60名もの人々が侵攻のあいだにイスラエル兵に撃ち殺されたそうだ。

死者のなかには子どもも女性も老人もいる。死者の数は1300を超えた。こんなことをどうやって信じればいいのだ、理解すればいいのだ、ただただ唖然とするばかりだ!何の罪もない市民が最大の代償を支払わされた;彼らはその命で償わされたのだ!これはジェノサイドだ!

ガザの社会全体が打ちひしがれている。喪われた命の数々、圧倒的な破壊、残骸、死傷者、そして絶滅のさまに!農作地も農民の家々も彼らのまわりのすべてが甚大な被害に見舞われた!市民たちは誰もが打ちひしがれ、精神的外傷を負い、ショックを受け、悲痛な思いでいる!周囲の〔人々の〕心理的状況に心が震える!イスラエル兵が建物内部にまで侵入した住宅は、どこもかしこもめちゃくちゃにされた!彼らは壁に、ヘブライ語で「死」や罵倒の言葉やダヴィデの星を落書きし、さらには聖なるコーランにまで落書きしたのだ。

イスラエル人たちは今なおパレスチナ人の家庭に電話をかけ、お前たちに新たな罰を与えてやるぞと脅している!午後にはイスラエルの航空機が一機、反ハマースのビラをガザの西部に撒いた。愚かしい行為だ。ガザの誰もが、その政治的な帰属などおかまいなしにパレスチナ人であれば誰であろうと攻撃してくるイスラエルの有無を言わせぬテロリズムを体験したのだ;これは、パレスチナ人という存在に対する戦争にほかならない!ビラを撒くなんてふざけた行為だ!ガザ地区のありとあらゆるところで市民を情け容赦なく攻撃し、人々のあいだに甚大な数の負傷者と狂気の沙汰としか思えない数の命を奪ったあとでは誰ひとり、こんな愚かなビラに心動かされる者などいるはずがない。F16戦闘爆撃機によって爆撃された市民に対して、こんな1枚の紙切れで何ができるというのだ。冗談もいい加減にしろ!

今晩のガザは、用心深い沈黙と期待のなかで時を過ごしている!状況全体が、いつなんどき、燃え上がり爆発しても不思議ではない!イスラエルの戦車部隊が新たな作戦を展開するのではないかと恐れている者たちがいる。今まさに頭上で偵察機の飛ぶ音がする。彼らは何もかも監視しているのだ!だがイスラエルが攻撃目標にする何が今もまだ残っているというのだろう!?ガザのいたるところに恐怖の、破壊の、死の、いまだ語られていないたくさんの物語がある。ガザ市の80%が依然、電気なしの状態で生活している。

24日目 侵攻の時:
停戦が発効した翌日だというのに、イスラエルのF16が私たちの頭上に!戦車部隊はなおガザ地区内部に。今朝、イスラエルの軍艦がガザ市のどこかを砲撃した。その音がはっきりと聞こえた!ガザのインフラは無惨に破壊されている。電気や水が手に入る者は幸運だ。ガザ市の境界に住む者たちは電話もつながらない。瓦礫の山、不毛な荒涼たる土地に変わり果てた地域がいくつもある。今日、アル=サンモーニー一族の新たな遺体がさらに見つかった。また、パレスチナ人医師の妻でウクライナ人のエリナ・エル=ジャルーの遺体も見つかった。彼女の子どもたちの一人も母親の傍らで遺体で見つかった。その妹はシファー病院の集中治療室で生きているのが分かった!報告によれば、侵攻で5人の外国人が殺されたという。

*************

GAZAでの救急作業の動画が見られます。
非常に深刻な状況が見れます。

http://www.dailymotion.com/video/x82yac_exclusif-avec-un-ambulancier-
gaza_news


粉塵と死の只中で、戦争のテロルを証言するある家族の物語

Category: 未分類  
******* 転送可 *******

粉塵と死の只中で、戦争のテロルを証言するある家族の物語

サムーニー家の住まいを舞台に突然、イスラエルとハマースの戦闘が展開、親族48名が殺される

ロリー・マッカーシー(ガザ・ゼイトゥーン)

英ガーディアン紙 2009年1月19日(月)

ヒルミー・サムーニーは昨日、妻と5ヶ月になる息子とかつてともに過ごした寝室の床にひざまづき、厚く降り積もった灰とガラスの破片のあいだを指でかき分けながら、ともに生きていた家族の形見を探していた。「指輪を見つけた。ほかにもまだ見つかるかもしれない」

妻のマハーと息子のムハンマドが殺されたのは、ガザに対する22日間におよぶイスラエルの戦争が2週目に入ったときだった。数十人の親族とともに家の近くに避難していたところにイスラエル軍による砲撃を受けたのだ。ガザ市南部のゼイトゥーン地区で1月5日、月曜の朝、一家族の48名もの人間が亡くなった。

この戦争でガザの市民を襲ったもろもろの恐怖のなかで、おそらくサムーニー家の運命はもっとも深刻なものであったかもしれない。サムーニー家は農家で、親族たちがひとつ地域の隣近所に集まって、ブロックを積み上げた簡素な家々に暮らしていた。

この狭い地域で、10もの家々が破壊され、それらは昨日、砂のなかの瓦礫の山に変わり果てていた。ヒルミー・サムーニーの2階建ての家は、まだかろうじて倒壊を免れている数少ない建物のひとつだ。とはいえ、巨大な戦車の砲弾が寝室の壁を貫いて、黒焦げになった壁には大きな穴が口を空けていた。侵攻のあいだ、家はイスラエル兵に占拠された。兵士たちは家具を破壊し、そこらじゅうに射撃姿勢をとるための土嚢を積み上げた。

兵士たちは、独特な堆積物を置き土産に残していった;弾丸の包装、ヘブライ語が書かれた缶詰のピーナッツ、「高品質ボディ・ウォーマー」の入ったビニール袋、そして何十ものオリーブ色のゴミ袋。空の袋もあるが、満杯で悪臭を放っているものもある。部隊の携帯便所だったのだ。

だが、もっとも衝撃的なのが、1階の壁に彼らが書きなぐっていった落書きである。ヘブライ語もあるが、多くは稚拙な英語だ。「アラブ人は死ね」「皆殺しだ」「和平ではなく戦争だ」・・・・・・そして、墓碑銘を思わせる走り書きもあった「アラブ人1948-2009年」。

ダビデの星もいくつかあった。その一つの傍らには「ガザ、俺たちはここにいるぞ」と書かれていた。

ヒルミーの弟、サラーフ(30歳)も同じ建物の別の部屋に住んでいた。彼もまた、ひっぱり出せるかぎりのものをひっぱり出していた。そのなかには、彼の父がかつて発効してもらったイスラエルの労働許可証もあった。「彼らは父に許可証を与え、それからイスラエルからやって来て、そして父を殺した」とサラーフは言った。この攻撃で、彼は両親のタラールとラフマ、そして2歳になる娘アッザを失った。

この戦争のあいだ、イスラエルはジャーナリストがガザに入るのを禁じていた。だが、昨日、瓦礫となった自宅の外でサラーフと彼の隣人たちが述べたことは、攻撃のあと何日かのあいだに目撃者たちが述べたことを確証している。彼らの陳述によって、国連はゼイトゥーンにおける殺害をこの戦争のもっとも深刻な出来事の一つと表現し、赤十字もこれを「衝撃的な出来事」と呼んで、同団体としては珍しく、公的に非難したのだった。

10以上もの遺体が日曜、瓦礫の中から引き上げられ、さらに昨日、もう一体が引き上げられて、サムーニー家の死者の数は、ガザ緊急医療サービスの所長、ムアーウィア・ハサネイン医師によれば、全部で48名になった。日々、さらなる遺体が回収されており、3週間にわたるイスラエルの戦争による死者の数は今や1360名に達している。イスラエル側の死者は13名だ。

戦争中、イスラエルによる空からの攻撃が始まって1週間がたち、2回目の日曜が訪れると、ガザの地上侵攻に先立って、大砲による激しい砲撃の波が襲った。その晩、サラーフ・サムーニーは家族16名とともに、1階に避難した。翌朝、1月4日日曜の朝までに、近所に住む親族たちがさらに避難して来て、その数は50名近くになっていた。

サラーフは言う、「彼らは2階に砲弾を発射し、2階が燃え始めました。私たちは救急車と消防車を呼びましたが、だれひとり、私たちのもとにたどり着くことができませんでした」間もなくイスラエル兵の一団が近づいてきた。「彼らはやってくると扉を叩き、全員、家から出て行けと言いました」彼らは舗装していない道を数メートル歩いて、ワーエル・サムーニーの大きな1階建ての家に入った。

そこに彼らはその日、とどまった。一団は男、女、子どもあわせて100名あまり。食糧もなければ、水もほとんどなかった。彼らの家々の周りの野外ではパレスチナ人の戦闘員が作戦を展開していたのかもしれないが、目撃者たち全員がゆるぎなく主張しているところによれば、ワーエル・サムーニーの家に集まった者たちは全員、民間人であり、みな同じ一族の者たちだった。

月曜の朝、サラーフをはじめ男たち4人が煮炊きするための薪を持ってくるため外に出た。「彼らは私たちに対して砲弾を直撃してきたのです」サラーフは言う。4人のうち2人が即死、あとの2人も怪我を負った。サラーフは額と背中と両脚を砲弾の破片でやられた。彼によればその何秒後かにさらに2発の砲弾が家を見舞い、そこにいた何十人もが殺された。

サラーフと70人あまりもの人々の一団は家から逃げ出し、兵士たちに向かって、女子どもがいるのだと叫んだ。彼らは幹線道路に走り出て、1キロほど走り続け、ようやく救急車が彼らにたどり着いた。だが、ほかの者たちは取り残された。

ワーエル・サムーニーの父、ファーリス(59歳)は、一団が避難していた家の隣に住んでいた。トタンで葺いただけの1階建ての家だったため、彼の家族も隣の家に避難していた。だが、彼は自宅にとどまった。撃たれるのではないかという恐怖で家を離れることができなかったのだ。しかし、火曜日に、生き残った者たちが彼に水を持って来てくれと叫んだ。彼は急いで短い距離を走り、彼らに合流した。

「遺体が床に並んでいた。怪我人もいた。みな、互いに助け合っていた」とファーリスは言う。ファーリスは死者のなかに妻のリズカ(50)、義理の娘アナーン、そして孫のホダー(16)の姿を認める。

翌水曜の午後ようやく、生き延びた者たちは救出される。赤十字が到着し彼らを病院に搬送したのだ。イスラエル軍は、ゼイトゥーンで何が起きたか調査中だという。部隊が住民に、一軒の家に集まれと命令したことはないと軍は繰り返し否定し、民間人を意図的に攻撃目標にしたこともないと言う。

一族のほかの者たちも別の形で、しかし、同じようにぞっとする運命に見舞われた。ファラジュ・サムーニー(22)はヒルミーとサラーフの家の隣に家族とともに住んでいた。この家族も土曜の晩、激しい砲撃から避難するため、18名ほどの一団で一つ部屋に身を寄せて、その夜を過ごした。日曜の朝、イスラエル兵がやって来た。「家の持ち主は出てこいと彼らは叫びました。父が扉を開けて出て行くと、彼らはその場で父を撃ったのです」ファラジュは言った。

彼の父アティヤ(45歳)の体は、前のめりに地面に倒れた。兵士たちは部屋のなかにむけてさらに発砲し、4歳になるファラジュの腹違いの弟アフマドとその母が殺された。アフマドが座っていた小さな部屋の壁には、昨日も血の跡があった。

部隊は彼らに床に横たわるよう命令した。しかし、隣の部屋が燃え始め、苦い煙が立ち込めてきたので、彼らは、外に出してくれるよう叫び始めた。「私たちは叫び続けました、赤ん坊も子どもたちも」ファラジュは言う。ようやく兵士たちが彼らを外に出し、彼らは通りを走って、ワーエル・サムーニーの家に集まっている人々の傍らを通り過ぎ、幹線道路に達し、事なきを得た。

ファラジュが戻ってきたときには、自宅は完全に破壊され、捻じ曲がった鉄筋とコンクリートの山になっていた。屋外の小さなグリルの上に、日曜の朝食に彼らが調理していた8つのナスが黒こげになって残っていた。彼が父の遺体を埋葬することが出来たのはようやく日曜になってからだった。そのとき、最後の、あってはならないことが起こった。ガザの墓地は今や満杯で、イスラエルによる長期にわたる封鎖でコンクリートも欠乏しているため、彼は一族の古い墓をあばいて、ほかの遺体とともに父の遺体をそのなかに収めたのだった。

「どうして平和など望める?彼らは民間人、子どもさえ殺しているというのに」ファラジュは言った。「今は停戦を支持する。わたしたちには何の力もない。停戦がなければ死者さえ葬れない」

ガザの人間たちのなかには、自分たちがこの紛争に引きずり込まれたのは、この小さな領土を統治するイスラーム主義運動のせいだといって、私的にハマースに対する怒りをうちあける者もいる。だが、それよりはるかに多い、大多数の者たちがイスラエルに対する苦い怒りと、破壊と殺人を止めることができなかったアラブ世界およびその他国際社会の無気力に対する憤懣について語っている。

「みなに咎がある」イブラーヒーム・サムーニー(45)は言う。彼は、妻と息子4人をゼイトゥーンの殺戮で失った。「みなに私たちのことを見てもらわねば、そして、ここで何が起きたのかも。私たちは抵抗戦士ではない。ごく普通の人間だのに・・・」

********************


神戸、大阪、名古屋でガザ虐殺に反対する行動

Category: 未分類  
●神戸

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
イスラエルはガザ市民を殺すな!ピースウオーク

1月25日(日) 午後2時~4時
場所 神戸市役所北側花時計前集合(JR阪急阪神三宮駅から南へ歩7分)
午後2時~2時30分 ピースウオーク準備
午後2時30分~3時 集会(主催者あいさつ、在神戸エジプト人のアピール、
日本政府への要請文採択、ウオークの注意など)
午後3時10分 ウオーク出発。北進し、三宮センター街を西進、JR元町駅南を
南進、大丸東北角にて解散

参加される方はできるだけ、プラカードやボードなど通行人が目で見てわかる
アピール物を用意してください。
マイクで歌やアピールをしながら歩道を歩きますので、ギターや太鼓など鳴り物
歓迎です。

よびかけ
KOBEピースiネット(連絡先 高橋090‐3652‐8652 dfadl300@kcc.zaq.ne.jp)
ブログ http://kobeinet.seesaa.net/
神戸YWCA(連絡先 佐治078-231‐6201 office@kobe.ywca.or.jp)

よびかけ文

市民のみなさん!12月27日からイスラエル軍は、150万人が住むパレスチ
ナのガザ地区を封鎖して攻撃しています。空爆が今なお続き、地上軍も入り、官
庁やモスク、民家や国連運営の学校、救急車までが攻撃され、安全な場所など
ありません。死亡者はついに1000人を超えました。

イスラエルやアメリカ政府は、この虐殺を昨年11月に始まったハマスのロケッ
ト攻撃というテロのせいにしますが、ウソです。イスラエルは昨年6月から今回
の軍事作戦を準備しています。2007年6月からガザ地区を封鎖して、電気・
水道・食糧などのライフラインを奪っています。イスラエルは60年前の建国以
来、パレスチナ人を追い出して占領を拡大し、パレスチナ人を迫害し続けていま
す。そもそも暴力でテロがなくならないことは、イラクの状況を見れば明らかです!

12日に開催された国連人権理事会は、イスラエルを非難する決議を採択しまし
た。しかし日本政府は棄権しており、イスラエルの開き直りを許しています。
日本政府に、イスラエル非難の立場を取らせることが、どうしても必要です。

私たちは1月8日にまちかどアピールを行いました。
http://kobeinet.seesaa.net/

9日には在神戸イスラエル国名誉領事館に申し入れましたが、イスラエルの虐殺
が続いているため、再びアピールすることにしました。

150万人の人たちが死の恐怖のもとで、すでに3週間も閉じ込められています。
私たちは同じ人間として、黙って見過ごせません!

1月25日、いっしょに神戸のまちを歩いてアピールしましょう。
日本政府に、イスラエル政府やアメリカ政府への抗議を求めましょう。

●名古屋

==以下展覧会のご案内====
>  私たち日本アラブ未来協会はイスラエルのガザ市民虐殺とパレスチナの軍事占
> 領に抗議する展覧会を開きます。
> 場所は01年に写真の展示と第2次インティファーダで犠牲になった方の追悼を
> 行った名古屋市若宮大通りにある若宮公園、名古屋市栄にある矢場町交差点の時
> 計台のある方で、パルコの南西にあたる高架道路下です。
>  公園は1日借り切りなので、いろいろアイデアを考えてます。(あの時は役重
> さん、藤井さん、諸富めさん、石川さん、北村さん他大勢の方が大阪から駆けつ
> けて頂き、ご協力いただいたことを思い出します。あの時からもう8年近くなる
> のですね)。米国領事館への申し入れ行動も予定しています。今のところデモは
> 考えていません。
> 当MLの皆さんや関係者の参加を呼びかけます。展示したい作品だけでも結構です。
>
>  日時 1月31日(土曜) 午前10時~午後4時
>  場所 名古屋市栄、若宮大通り、若宮公園(矢場町交差点西、高速道路高架下)
>  主催 日本アラブ未来協会
>  連絡 E-mail:qahwasaada@vanilla.ocn.ne.jp

●大阪

【以下、転送・転載歓迎】

┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛

オバマ新大統領はガザの現実を見よ!
アメリカはガザ虐殺・封鎖をとめろ!
アメリカはイスラエル支持・支援をやめろ!1・20行動

┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛


オバマ新大統領の就任式が、日本時間で20日深夜1時半に
行われます。新政権に対し、アメリカ合衆国の対イスラエル
政策の変更を要求していく行動です。

今回のイスラエルの軍事行動は、オバマ政権をもイスラエル
のコントロール下においていこうという目的をもった「揺さ
ぶり」の性格が極めて強く、そこに対して私たちも声を上げ
ていこう、というような趣旨のアクションです。

キャンドル・ペンライト・蛍光アクセサリーなどのひかりも
んを持ってる方は、探し出して持ってきてください。


日時 ● 1月20日(火)午後6時30分~7時30分
場所 ● アメリカ領事館前(大阪地下鉄、京阪「淀屋橋」駅)
主催 ● 1・20行動実行委員会
連絡先 ● パレスチナの平和を考える会
メール:palestine.forum@gmail.com/Tel:090-9273-4316



┛┛┛┛┛┛┛パレスチナの民衆を殺すな!!┛┛┛┛┛┛┛

許すな! イスラエルのガザ侵攻 1・22緊急行動 in 関西

┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛


イスラエルのガザ侵攻に対する非難の声が高まりつつありま
す。しかし、1200人以上の犠牲者を出しながらもなお、
アメリカを中心とする国際社会の動きは鈍く、イスラエル軍
の撤退、および、ガザの人々を苦しめている封鎖の解除は実
現していません。

私たちは、イスラエル軍による虐殺行為の中止、ガザ地区の
封鎖解除、そして、パレスチナにおける公正な平和の実現を
広く訴える緊急集会とデモを行います。

イスラエルの戦争・占領政策を止めるためには、国際社会か
らの圧力、抗議の声を挙げていくことが不可欠です。より多
くの方の結集を!!

なお、参加される方は、キャンドルやプラカード等、街頭や
メディアにアピールできるものをご持参頂ければと思います。


日時 ● 2009年1月22日(木) 午後6時集合
~午後7時頃デモ出発(7時45分頃大阪市役所前解散)

会場 ● 扇町公園
(地下鉄「扇町」2番出口からすぐ。環状線「天満」から西
へ徒歩5分)
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34.42.3.85&lon=135.30.44.2&la=0&sc=4

集会内容 ●
ガザ現地からの映像紹介
参加団体・個人からのアピール・行動提起

主催 ● 許すな!イスラエルのガザ侵攻1・22緊急行動
実行委員会

【呼びかけ団体】
アジア共同行動・京都
ATTAC関西
アムネスティ・インターナショナル日本
大阪YWCA国際部委員会
沖縄とともに基地撤去をめざす関西連絡会
釜ヶ崎医療連絡会議
釜ヶ崎パトロールの会
関西共同行動
神戸ラブ&ピース
「しないさせない!戦争協力」関西ネットワーク
ジュビリー滋賀
全国労働組合連絡協議会大阪府協議会
全日本港湾労働組合関西地方大阪支部
全日本建設運輸連帯労働組合近畿地方本部関西生コン支部
日本キリスト教団大阪教区社会委員会
パレスチナの平和のための関西連絡会
パレスチナの平和を考える会
反戦と生活のための表現解放行動
反戦・反貧困・反差別共同行動実行委員会(京都)
フレンズ オブ マーシー・ハンズ
平和と生活をむすぶ会
辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動
RAWAと連帯する会

【連絡先】

「しないさせない!戦争協力」関西ネットワーク
tel: 06-6364-0123(中北法律事務所)
fax: 06-6364-5247
email: kyodo@cpost.plala.or.jp

パレスチナの平和を考える会
tel; 06-7777-4935(共同オフィスSORA)
fax: 06-7777-4925
email: palestine.forum@gmail.com



┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛┛

***以下、転送可***

http://0000000000.net/p-navi/info/news/200901181513.htm

イスラエルの「一方的攻撃停止」はまやかしだ



コンピュータを開いたら、すでにパレスチナ情報センターに 「「一方的戦闘行為停止」は「攻撃継続」に等しい」
という記事が出ていたが、イスラエル政府が今朝発表したものは「停戦」と呼ぶものとはほど遠い。オバマ就任前後に、大規模攻撃をストップするという程度のもので、イスラエル軍はガザの中に駐留しつづけ、ガザの封鎖も解除されず、いつでも攻撃ができる態勢をとっている。包囲されて銃口を向けられつづけるなかに置かれ、「停戦」と言われても、ガザの住民にとっては、ほんの少しの慰めになるか、ならないかという程度だろう。

昨夜の産経新聞がけっこう鋭いことを書いていた。

「イスラエルは、エジプトを仲介役とするハマスとの停戦を回避することで、ガザの封鎖緩和など、ハマスに有利となる条項に縛られることもなくなる。また、多国籍の要員がガザとエジプト境界に配備されることもなく、今後も"フリーハンド"の状態で、ガザを支配下に置くことができる。イスラエルとエジプト、パレスチナ自治政府の3者は18日、境界管理に関する協定に調印する予定という。」(
【ガザ侵攻】イスラエル、真の狙いは「実質支配」 一方的停戦検討 より、強調は引用者による)

イスラエルは「一方的」に「停戦」という言葉を使うことによって、ハマスや国際社会が求めるガザの封鎖解除などを一蹴し、自分たちが好きなようにできるコンディションを国際社会に認めさせようとしているだけだ。

マスメディアはこれでガザ攻撃が終わったかのように、扱いをどんどん小さくしていくだろう。

けれども、ガザはボロボロにされ、食べ物にも必需品にも事欠き、多くの負傷者を抱えて、おそらくはこれまでがそうであったように、散発的な攻撃を受けつづけていくだろう。こうなると、報道もされない(それに反撃をしたときだけ、報道されるかもしれないが)。

「終わった」かのように思うのは、ガザの人びとを見捨てることだ。このことは、イスラエルの言う「停戦」などでは終わりはしない。だまされないよう、ガザのことを見つづけていかないとならないと思う。そして、伝え続けていかないと……。

イスラエルの口車に乗せられるのだけは、ごめんだ!

(出かける間際なので、簡単な走り書きです。今日、行われる街頭の抗議アピールでもはっきりさせておかないとならないことを書いてみました。イスラエルの「戦争」犯罪、国際人道法違反を問うことも、今後は考えていきたいものです。)


ビラを持って街へゆこう

Category: 未分類  
kodomo11.jpg

今週から、友人を誘って街でイスラエル・ボイコットとイスラエル兵によるガザ虐殺反対のビラ配りをはじめた。そして今日は、一人で街の中心地の広場でビラ配りとガザのこどもたちの殺された写真を路上に置いた。ビラの内容は、パレスチナの簡単な歴史、パレスチナはイスラエル軍が侵略してくる1948年までは平和に暮らしていたこと、イスラエルの侵略によって多くのパレスチナ人が国を追い出されたこと、侵略以来現在に至るまでパレスチナに住むパレスチナ人たちは毎日イスラエル政府の抑圧と暴力を受け続けていること、今、ガザで1000人以上のパレスチナ人が殺されていること、だからイスラエルとイスラエルを支援する米国、企業をボイコットしようという呼びかけ。ビラの裏には、イスラエルを支援する多国籍企業のロゴを並べた。

 一人でビラ配りをしていると、途中、「シオニズムはぜったいだめだ!」と怒るニカラグアの兄さんが仕事を投げ出して一緒に参加してくれた。すぐその後、地元の口数の少ない中学生が「一緒にやる」といってくれた。そして、多くの地元の人たちがガザの殺されたこどもたちの写真を痛そうな顔をしながら眺めていた。しかし、グアテマラにはけっこうユダヤ人のコミュニティがあるせいか、たぶんシオニストらしき人が2人怒っていた。「パレスチナが悪い!」と叫んでいた。
 こちらの新聞を読んでいると、グアテマラはイスラエル支援が強いような印象を受けてしまう。イスラエル支援をする人が過半数だと新聞には書いてある。が今日、多くの人とパレスチナの話をして、それは嘘だと知れた。話した感じや応援してくれる数でいえば、80%はガザ攻撃反対な感じがした。それに多くの人がボイコットはいいと話してくれた。また、地元に住むパレスチナ人とひさびさにアラビア語で話ができた。インディヘナ(先住民)の自治運動をやっているじいさんと話ができた。5時間で800枚以上のビラが配れた。グアテマラの人々がイスラエルや虐殺に怒っていることが知れた。

nika.jpg
▲怒るニカラグアの兄さん

minna.jpg
▲青空写真展「殺されたガザのこどもたち」かなりの人が写真を見ていた。警察までも!


UNRWAの緊急避難所と爆撃された学校

Category: 未分類  
*****以下、転送・転載・その他の利用可*****

UNRWAの緊急避難所と爆撃された学校

ISMレポート
2009年1月12日


UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)は、ガザ地区全域で、UNRWAが
運営する学校に緊急避難所を設営している。先週、ガザ北部で、避難所と
なっていた2か所の学校がイスラエルの爆撃を受けるという事態が起こっ
たにもかかわらず、今も多くの人々が、端的にほかに行く所がないという
理由から、避難所を求めてUNRWA学校にやってきている。ガザ市北部ジャ
バリヤのアル・ファフーラ学校とジャバリヤ難民キャンプにある第2学校
への1月6日の爆撃では50人近くが死亡、それ以上の人が怪我をするという
大惨事となった。

ラファには、市の中心近くにAとBの2つのUNRWA男子小学校があるが、現在
ここは2000人近くの人の仮住まいになっている。この2つの学校が緊急避
難所となったのは、エジプトとのボーダーに隣接する一帯を全面攻撃の対
象とするというイスラエル軍の告知を受けて、何千人もの住民が家から逃
げねばならなかったからだ。ひとつの学校に避難している家族の多くは、
ラファ市のはずれにある今は機能していない空港の近くに住んでいた人た
ちで、現在、この空港は、1月3日の地上侵攻開始以来、イスラエル地上軍
の基地になっている。ISMガザ地区のメンバーが今日、このふたつの学校
を訪れ、国連スタッフと避難している何家族かに話を聞いた。アムシ一家
は現在、15人の家族が1つの教室で暮らしている。

ISMメンバーはまた、ラファのUNRWAの倉庫に行って、地区担当職員の話を
聞いた。職員の説明によれば--現在、ガザに入ってきている食糧その他の
物資は、この危機的状況には絶対的に不足している。これまでUNRWAが通
常扱ってきた量は1日当たり2000トンだが、現在は1日200トンの援助物資
しか搬入を許可されていない。ストックは少し前に底をつき、今は、日に
200トン、ガザに入ってくるわずかな食べ物だけでやっていくしかない。
入ってきたものは何であれ、即刻配給に回されている--という状況であ
る。

1月11日の午前3時ころ、イスラエルのF-16ジェット戦闘機が、ラファ市北
東部、ヘルバート・アル・アダス地区のタハ・フセイン・ストリートにあ
る「孤児たちのためのダール・アル・ファディーラ協会」の複数の建物を
爆撃した。ここには、学校、カレッジ、コンピューター・センター、モス
クがあった。いくつものビルが、一部が完全に破壊されたり使いものにな
らないほどの損傷を受けたりした。この協会の学校は、およそ500人の障
害を持つ子供たちの支援をしていた。12月27日以来、ガザ全域で20に近い
モスクが破壊・大規模な損傷を受けている。ISMガザは破壊状況の記録を
とりつづけている。

ラファの赤新月社救急車ステーションは、エジプトとのボーダーに近いテ
ル・ゾロブ地区から、市の反対側に位置するヘルバート・アル・アダス地
区に移動することになった。テル・ゾロブが現在攻撃対象になっている地
域にあるためで、新しい場所への移転は一刻を争う状況となっている。ガ
ザ地区への空爆・侵攻が始まって以来、多数の救急車がイスラエル軍に攻
撃され、これまでに13人の医療関係者が殺されている。

・・・

"UNRWA emergency shelters and bombed schools"

ISM Features
January 12, 2009

原文: http://palsolidarity.org/2009/01/4275

ISM(国際連帯運動):http://palsolidarity.org/

翻訳:山田和子

******


もう充分だ! ボイコットのときは来た!

Category: 未分類  
もう充分だ! ボイコットのときは来た!

ナオミ・クレン

原文: January 7, 2009

http://www.thenation.com/doc/20090126/klein/print



 その時が来た。すでに長い間、そうだったのだ。

とどまることなく、ますます流血を拡大するこの占

領を止めさせる最良の戦略は、南アのアパルトヘト

を終らせた同じようなタイプの運動で、イスラエル

をその標的とすることだ。2005年7月に、パレスチナ

のグループの大規模な同盟は、これと全く同じこと

を行なう計画を立ち上げた。彼らは「世界中で、良

識を持つひとたちに、アパルトヘイトの時代に南ア

フリカに適用したのと同じように、広範囲のボイ

コットを行使し、イスラエルに投資しないための提

言を作り上げる」ことを呼びかけた。こうして『BDS

キャンペーン』が生まれた。『BDS』は、ボイコッ

ト・投資引き上げ・処罰(Boycott, Divestment and

Sanctions)の略である。(http://www.bdsmovement.net/?q=node/52)



 毎日、イスラエルが、ガザを空爆する度に、BDSの

大義に納得した人たちが、イスラエルのユダヤ人た

ちを含めて、この運動に加担するだろう。この攻撃

の最中に、500人のイスラエル人たち、-そのなかに

は、12人ほどのアーティストや有名な大学人がいた

が- 彼らは、在イスラエルの外国大使たちに手紙

を書いた。この手紙は、「制限措置と即時の懲罰」

を要請し、反アパルトヘイトの闘いとの明確な同一

性を示した。

「南アのボイコットは、有効だった。しかし、われ

われは、イスラエルを慎重に扱う。このイスラエル

への国際的支援は、中止させねばならない」



 しかしながら、この明確なアピールにもかかわら

ず、私たちの多くの人たちがそこまではなかなか決

断しない。理由は複雑で、感情的で、また理解でき

る。だが、それらの理由は、単純に満足できるもの

ではない。経済的な制裁は、非暴力的な武器の中で

は最も有効なものなのだ。それを行なわないこと

は、積極的な共犯性と隣り合わせになるのである。

ここに4つの主要なBDS戦略への反対の立場と、それ

に対する反論を上げておく。



1)懲罰的な措置は、イスラエル人たちを説得する

よりも、イスラエル人たちを疎外するばかりだ。



 世界は、いままで「建設的なかかわり方」を試み

て来た。しかし、それは、完全に破綻してしまっ

た。2006年以来、イスラエルは、犯罪的な行為を繰

り返し強めて来た。入植地の拡大、レバノンに対す

るスキャンダラスな戦争、乱暴な閉鎖によって、ガ

ザに対する集団的懲罰を科して来た。このようなエ

スカレートにかかわらず、イスラエルは、懲罰措置

の対象となっておらず、-むしろ事実は逆である。

米国が毎年イスラエルに送る武器と30億ドルの援助

は、まだその端緒についたばかりなのだ。このカギ

となる時期に、イスラエルは、他の同盟諸国と、外

交的、文化的、商業的関係のめざましい改善を獲得

して来たのだ。例えば、2007年には、『Mercosur=ラテ

ン・アメリカ』ブロックと自由貿易協定に署名した

非ラテン・アメリカの最初の国なのだ。2008年の最

初の9ヶ月、カナダへの輸出は45%、増大した。EUと

の新しい合意は、保存用食糧のイスラエルの輸出を

倍加させるだろう。そして12月には、ヨーロッパの

大臣たちが、イスラエルとEUとパートナーシップ協

定をさらに拡大させることにしたのだ。これは、エ

ルサレムによって長い間、待たれたことなのだ。

このような文脈において、イスラエルの指導者たち

は、この戦争を始めたのだ。すなわち、問題となる

ようないかなる出費にも直面しなくて済むというこ

とに安心していたのだ。戦争の間の、7日間以上の

株式市場で、テル・アヴィヴの株式の指針は、

10,7%も実際、高騰しているのは、目を見張るばか

りだ。



2)イスラエルは、南アフリカではない



もちろん、そうではない! 南アフリカのモデルの

妥当性は、軽い措置(抗議、署名、陰で行なわれる

ロビー活動など)がすべて失敗したとき、BDS戦略が

有効だと証明できるときだ。そして、そこには、実

際、苦渋に満ちた深い反響がある。すなわち、カ

ラー・コードのついた身分証明書や運転免許書、占

領地帯におけるアパルトヘイト、ブルドーザーで完

全に削られた家々。強制退去、入植者だけに許され

た道路。南アの重要な政治家、ロニー・カスリルス

〔訳注:水資源森林大臣〕は、2007年に西岸地区と

ガザ地区を視察して、わかった差別の建設は、『ア

パルトヘイトより無限にひどい』とひどいと語った

のである。



3)米国もイギリスも、イラクやアフガニスタンで

同じことをやっているのに、なぜ、イスラエルを、

異なった一例と見なすのか?



ボイコットは、教義ではない。これは、戦術だ。BDS

戦略をイスラエルに対して適応すべき理由は、実践

的な理由である。つまり、小さな国で、商業的にも

依存した国に適応すれば、事実、うまく行くはずだ

からだ。



4)ボイコットは、コミュニケーションを遮断す

る。対話をより押し進めるべきで、少なくすべきで

はない。



これに対しては、私個人の話を引き合いに出して答

えよう。8年間、私の本は、イスラエルでバベル社

と呼ばれる出版社から刊行されて来たが、しかし、

自著『ショック・ドクトリン』(The Shock Doctrine)が刊

行されたとき、私は、ボイコットを尊重したかっ

た。BDSの活動家の忠告で、アンダルス社と呼ばれる

小出版社と連絡を取った。アンダルス社は、活動家

の出版社で、反占領運動に深く介入していた。そし

てまた、イスラエルでは、唯一、アラビア語からヘ

ブライ語に翻訳している出版社だった。私たちは、

契約を取り交わし、収益すべてが、私にではなく、

この出版社に行くよう保証した。言い換えれば、私

はイスラエル経済をボイコットしたが、イスラエル

人たちをボイコットしたわけではなかった。



このプランを提案することは、テル・アヴィヴから

ラマッラーまで、パリからトロント、あるいはガザ

市まで、電話、電子メール、メッセージを数十件、

やりとりする必要があった。私が言いたいことは、

あなたがボイコット戦略を実行し始めるや、対話

は、華々しく多くなるということだ。そして、なぜ

それをしないのだろうか。一つの運動を立ち上げよ

うとすれば、反アパルトヘイトの闘いに身を投じた

多くの人々が思い出すように、とどまることなく意

思を伝え合わねばならない。ボイコットを支援する

ことは、一方の人々と他方の人々を分断すると主張

する論拠は、私たちの手元にある安価な情報装置の

展開をみるかぎり、たいへん特殊なものである。私

たちは、国境の向こう側で、どちらも非難し合う方

法によって、圧倒されているのだ。どのようなボイ

コットも、私たちを止めることはできない。



今、ここで、シオニストでいることを自慢にしてい

るシオニストたちが、基本的なポイントを稼ごうと

準備している。これらのハイテクのゲームの多く

が、情報技術の世界的リーダーであるイスラエルの

研究施設から来ていることを、私は知らないだろう

か。たしかに。しかし、すべて知らないわけではな

い。ガザの侵攻の数日後に、ある英国のコミュニ

ケーション会社の取締役リチャード・ラムゼイが、

イスラエルのテクノロジーの会社『モビールマック

ス』にメールを送り、「最近のイスラエル政府の行

動により、貴社や他のイスラエルの会社とこれ以

上、取引するつもりはございません」と連絡した。

『ザ・ネイション』紙から連絡を受けたラムゼイ氏

は、彼の決定は政治的ではないと説明し、「私たち

は、クライアントを失うのを放置できない。従っ

て、これは商業的な理由です」と語った。



20年前、南アフリカから多くの企業を撤退させた背

景には、このような冷たい商業的計算がある。パレ

スチナにおいて、あまりにも長い間拒否されてきた

正義に至る、私たちの最も現実的な希望を形作るの

は、まさに、このような計算である。


Category: 未分類  
BoycottBloodshed_Page-thumb.jpg


******以下、転送・転載可******

医療スタッフを狙い撃ちするイスラエル兵

エヴァ・バートレット
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2009年1月12日


1月7日、スペインの人権活動家でドキュメンタリー作家のアルベルト・ア
ルセと一緒に、パレスチナの医療スタッフが、イスラエルの地上侵攻軍に
撃ち殺されたひとりの男性の遺体を収容するのに同行した際、私たちは、
遺体を救急車に運んでいる最中の医療スタッフともども、イスラエル兵の
銃撃を受けた。場所はジャバリヤの東の地域、ダウワール・ジーモ。地上
侵攻が始まって以来、イスラエル軍の兵士に占拠されている場所に近いこ
の一帯では、イスラエル軍の爆撃と銃撃で何十人もが重傷を負ったという
情報が入っている。負傷者・遺体収容は医療スタッフの任務で、これがで
きないとなると、もっともっと多くの人が、何日も何週間も、怪我を負い
殺された場所にそのまま放置されつづけることになる。

医療スタッフのハサン・アル・アタルとジャマルが救急車(101救急車と
はっきりと記されている)を降りて、道の真ん中に横たわっている遺体に
向かっていった。ふたりともパレスチナ赤新月社(PRCS)のユニフォーム
を着ている。ハサンは蛍光帯のついた明るい赤、ジャマルは同じく蛍光帯
のついた明るいオレンジ色と白のベストだ。ゆっくりと近づいていくふた
りの手には、遺体を運ぶストレッチャー以外には何もない。アルセがその
様子をヴィデオに収める。ハサンとジャマルが死んだ男性を抱え上げ、ス
トレッチャーに載せ、救急車に戻りはじめる。突然、アルセがまだ撮影を
続けている時に、銃撃が起こった。明らかにスナイパーの銃撃だ。マシン
ガンではない。ハサンとジャマルは、信じがたいことに、それでもなお遺
体を運びつづけようとし、死んだ男性を載せたストレッチャーごと走っ
た。でも、とうとう、自分たちの命を守るためにストレッチャーから手を
放さざるをえなくなった。

時間は午後1時半ころ。イスラエル自身が宣言した「時間限定停戦」の最
初の日に、スナイパーが医療スタッフを狙い撃っている。救急車はサイレ
ンを鳴らしっぱなしで、運転手は、私たちと自分に向けてさらなる銃弾が
襲いかかってくるのをかわそうと即座に車を発進させ、スナイパーから遠
ざかる方向に走り出した。結果、私たちは半狂乱になって、ハサンとジャ
マルを探しまわることになった。

これに先立つ日々、ガザの人たちに対するイスラエルの空爆・地上攻撃が
始まってから、7人の医療スタッフが殺された。怪我をした者は何十人に
も及ぶ。ハサンもその一員に加わることになった。スナイパーの銃弾はハ
サンの太ももを貫通していて、ハサンが必死に救急車に這いずり込んでき
た時には、ズボンから血がどっぷりしみ出ていた。

医療スタッフはみな、イスラエル軍の兵士の面前で仕事を行なうことが自
分たちの死につながりかねないことを充分に知っている。みな、これまで
もこういう事態には何度となく直面してきている。ジュネーヴ条約では、
侵攻軍は、医療スタッフを銃撃してならず、彼らが死者・負傷者を収容す
るのを妨げてはならないと明記されているが、イスラエル兵はそんなこと
はおかまいなしなのだ。

私はもう気が気でなかった。ハサンもジャマルも失うことになるのかもし
れないと思った。何度表彰されてもいいくらいの仕事をやっている、この
素晴らしい若者たちを。でも、とうとうふたりを見つけ出した。ハサンと
ジャマルが救急車に跳び込んでうしろのドアを引き下ろすまでの10秒か15
秒が果てしなく長く思えた。その15秒の間にも、私たちは最悪の事態にお
びえつづけていた。救急車が一目散に逃げ出した時、最後の銃弾がバック
ドアに命中した。

ほかのスタッフがすぐにハサンの太ももの治療に当たった。銃弾は左太も
もの上部に当たり、筋肉を切り裂き、侵入孔から5センチほど離れたとこ
ろから出ていっていた。ハサンは感動的なまでに雄々しく振る舞っていた
けれど、恐ろしい痛みに耐えていることは明らかだった。

アルセのヴィデオには、この出来事が逐一撮影されている。このヴィデオ
は、私たちが目撃したこと、医療スタッフが、これまでずっとこういう事
態をかいくぐってきたんだと私たちに話してくれていたこと、イスラエル
当局が否定しつづけていることに対する動かしがたい証拠となる。イスラ
エルは医療関係者をターゲットにしている。ジャーナリスト、一般人を狙
い撃ちにしている。今のガザでは、動くものには何であれ銃弾を浴びせて
いる。医療活動への保護・安全・保障はいっさいない。

・・・

エヴァ・バートレットはカナダ人の人道活動家、フリーランサー。2007
年、西岸地区の各地に8カ月、カイロとラファ・クロッシングに4カ月滞
在。2008年11月に第3次フリー・ガザ運動の船でガザに到着したのち、現
地にとどまり、国際連帯運動(ISM)の一員として活動を続けている。現
在、ISMメンバーは、救急車同伴活動を実施し、イスラエルのガザ空爆・
地上侵攻の目撃証言を現地から発信している。

"Israel is targeting medics"
Eva Bartlett writing from the occupied Gaza Strip, Live from
Palestine, 12 January 2009

原文:http://electronicintifada.net/v2/article10174.shtml

エレクトロニック・インティファーダ:
http://electronicintifada.net/new.shtml

バートレットさんのブログ(In Gaza):http://ingaza.wordpress.com/

ISM(国際連帯運動)サイト:http://www.palsolidarity.org/

翻訳:山田和子

******
写真
Favianna Rodriguezによるデザイン。


Category: 未分類  
ぜひみてください。そしてばらまいてください。
http://www.elfarra.org/gallery/gaza.htm#

現在、ギリシャのアスタコス港に、イスラエルに輸
送途中の3000トンのアメリカ製武器を積んだ船が、
ギリシャの活動家たち(反権威主義、反戦、国際主
義者の団体の)によってブロックされています。彼
らは、15日に港で集会を開きます。

なお、オルター世界主義者で、自著『ノー・ロゴ』
で世界的ヒットを飛ばしたユダヤ系カナダ人の
ジャーナリスト、ナオミ・クレンは、12日、イスラ
エルへのボイコットが、早期にイスラエルを屈服さ
せる唯一の方法だ、ギリシャの民衆は、この船を封
鎖してこの道を示した、と声明しました。

以下の記事で、彼女もまた、南アに対して行なった
ようなボイコットが唯一残された道だ、と呼びかけ
ています。

彼女の最近の記事 :
The Guardian:1月10日:『もう充分だ、ボイコットのと
きは来た』 Enough. It's time for a boycott
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/jan/10/naomi-klein-
boycott-israel

The Nation : 1月7日:Israel: Boycott, Divest, Sanction
http://www.thenation.com/doc/20090126/klein


私たちに残された最後のものを守るために

Category: 未分類  
GAZA.jpg


******以下、転載・転送可******

私たちに残された最後のものを守るために

サファ・ジューデー
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2009年1月5日


1月3日の夜、私たちは悟った。イスラエルの戦争大臣エフード・バラクの
言葉に正しいと言えるものがあるとしたら、それは唯一、この侵攻が長い
ものになるということだ。こちらの時間で午後9時15分、イスラエル軍は3
つの地点からガザ地区に入ってきた。F-16が上空から掩護する中、ガザ市
の東、そして、北部のジャバリヤとベイト・ラヒヤから、パレスチナの
人々が住む地域に戦車隊が進軍してきた。同じ時刻に、ガザ最南端のラ
ファにも、東南から戦車と歩兵部隊が侵入した。ガザ市のミンタル地区に
は戦車砲と大砲の砲弾が雨あられと襲いかかり、海からもガザ市に向かっ
て戦艦からの一斉砲撃が起こった。ガザ地区全域が包囲され、ミサイルと
大砲の猛烈な攻撃が続いた。

多くの住人は、地上侵攻が始まったことさえ気づかず、その間ずっと、イ
スラエル軍の空爆が激しさを増しただけだと思っていた。ガザ市はこの数
日間、停電が続いていて、どの家のラジオも電池が切れかかっていたの
だ。すでに1週間以上、ガザ市のほぼ全住民が家に閉じ込められた状態で
過ごし、開いている店など1軒もない。ニュースは口伝えで伝わってくる
話に頼るしかなく、自家発電装置を持っていて、なおかつ燃料が残ってい
るという幸運な人はごくごくわずかしかいない。

このうえなく厳しい、絶望的な状況に置かれたこの今、武器など持ってい
ない一般の人たちに猛烈な爆撃が浴びせられている。地上戦に先立つ8日
間、イスラエル軍は、完全に無防備な人々(その4分の3は女性と子供だ)
相手に、世界で最も進んだ軍事力を、システマティックに、思う存分ふる
いつづけた。気力・体力とも限界に達した状態で、住民たちは、途方もな
い喪失感と焦燥感にさいなまれながら必死に耐えている。言うまでもな
く、18カ月に及ぶ封鎖で、ガザはすでに、これ以上持ちこたえるのもほと
んど不可能な状態に追い込まれていた。

この数日間で、私たちは10以上のモスク、聖なる礼拝の場所が爆撃を受け
るのをまのあたりにした。ほとんどが、中で人々が祈りを捧げている時の
ことだった。私たちは、瓦礫の下から子供たちが引きずり出されるのをま
のあたりにした。その小さな体の中で折れていない骨はただの1本もない
ように見えた。私たちは、血まみれの死体と最後の息を引き取る人たちで
あふれかえっている病院をまのあたりにした。空爆を受けた現場で懸命の
蘇生処置を受けている友人たちの姿をTVで見た。何家族もの家族全員がミ
サイルの一撃で地面もろとも吹き飛ばされるのを見た。私たちの街が、家
が、近隣の地域一帯が、とてつもない破壊行為によって、何だったのかも
わからない瓦礫の山に変じていくのをまのあたりにしてきた。

これだけのことをやっておきながら、イスラエルは声高に、この攻撃は民
間人を対象にしたものではない、これはハマースの政治・軍事部門に対す
る戦争であると強固に言いつづけている。一方の私たち、ガザの住民は、
全員が、およそ人間に耐えられようはずもない恐怖と暴力を一身に受けつ
づけている。もしかしたら、イスラエル軍は、自分たちが作り出した妄想
を真実だと思い込むようになり、その妄想のもとに行動しているのではな
いか。そんな思いすら浮かびはじめている。

イスラエルは私たちの家に入り込み、私たちの街で私たちを攻撃し、私た
ちに向けて全開の暴虐さを発揮しつづけている。いったい、私たちは、ど
う対応するのが当然だと思われているのか?

今、ガザでは、パレスチナのすべての派が一致団結し、持てる限りの戦闘
能力を結集して、敵に立ち向かっている。その戦闘能力は、イスラエルの
軍事力に比べられるようなものでは到底ない。それでも、彼らの闘いは、
私たちに、かつてないほど強く、パレスチナの人々は自分たちのものを守
るために最後の最後まで闘うだろうという確信を与えてくれている。抵抗
と勇気と愛がパレスチナ人のアイデンティティにとって不可欠のものなの
だということを、それは、私たちが耐えている苦難がどれほどのものであ
ろうと、決して変わることはないのだということを、示してくれている。
彼らの闘いは私たちの心に力を与えてくれた。私たちが最も必要とする時
に、心を支えてくれるものが出現したのだ。

パレスチナ解放人民戦線(PFLP)のアブー・アリー・ムスタファ旅団、イ
スラーム聖戦運動のアル・クゥドス旅団、ハマースのイッズッディーン・
アル・カッサーム旅団、民衆抵抗委員会(PRC)のサラーフッディーン旅
団、ファタハのアル・アクサ殉教者旅団、このすべてが結束し、統合され
たひとつの最前線部隊として、100パーセントの危険が約束されている
中、私たちの街を、私たちの家を守るために闘っている。彼らはみな、み
ずからの死が無力な子供の死をひとつでも阻むことできるのなら、それな
ら自分は死んでもかまわないという覚悟ができている。私たちはひとつ
だ。私たちはこれまで繰り返し繰り返し苛酷な運命を受け入れてきた。し
かし、ガザの人たち(その80%は難民だ)は決して皆殺しにされるつもり
はない。圧政と強欲に導かれるままによそからやってきた連中に今一度こ
の地から追い立てられるつもりはない。

パレスチナ各派の統一レジスタンス部隊の人員が全部でどれくらいになる
のか、いろいろな数字が出されているが、おそらくは数千というところだ
ろう。一方、ガザ地区内・ガザ周囲にいるイスラエル軍は、現時点でおよ
そ3万3000。明日中には、さらに多くの予備役兵が招集されることになっ
ている。圧倒的な軍事力の差は地上部隊の人員数にとどまらない。イスラ
エル陸軍はイスラエル海軍とイスラエル空軍に掩護されている。地上部隊
には大砲があり、戦車があり、工兵隊があり、諜報機関のサポートがあ
る。イスラエル兵は最新鋭の武器と情報機器を装備している。

一方のパレスチナの戦闘員はと言うと、イスラエルの軍事力に抗して自分
自身とガザの人々を守るのに、手作りのロケット砲と最少限・最低レベル
の武器で間に合わせなければならないのだ。

この今、攻撃のただ中にあっては、現在の状況を正しく判断することも今
後を予測するのも難しい。死んだ人、怪我をした人の数も、私たちが失っ
たものがどのくらいなのかも把握するのが困難になっている。食べ物や水
や暖かさや陽の光といった、生きていくための最低限の必需品が贅沢なも
のではなかったのがいつのことだったのか、それを思い出すのさえ難し
い。今、この時点で機能しているのは、人間としての最低限の本能だけ。
愛するものを守りたいという欲求、シェルターを確保したいという欲求、
闘う本能、逃げようとする本能。私たちはもう長い間、逃げつづけてき
た。ガザは私たちの最後の避難所、今イスラエルと呼ばれているものに
取って代わられてしまったのちの、私たちの最後の家だ。このすべてが60
年前に起こった。イスラエルは、これ以上、いったい何がほしいというの
か。私たちにはもうどこにも行くところはない。イスラエルは、現在ある
国際法の条項をことごとく無視してきた。今こそ、私たち自身を守る時、
レジスタンスの時だ。

・・・

サファ・ジューデーは、アメリカのストーニー・ブルック大学で学び、修
士論文提出資格を得た。2007年9月にガザに戻り、現在はフリージャーナ
リストとして活動している。

Resisting to protect our own
Safa Joudeh writing from the occupied Gaza Strip, Live from
Palestine, 5 January 2009

原文:http://electronicintifada.net/v2/diaries.shtml

エレクトロニック・インティファーダ:
http://electronicintifada.net/new.shtml

翻訳:山田和子

******

【マレーシア】クアラルンプールからの報道によると、マレーシアでイスラム教徒向けレストラン2600カ所が、イスラエルによるガザ攻撃を米国が支援していることに抗議し、コカ・コーラをメニューから削除するなど全国規模の抗議運動を9日から開始する。

 抗議活動はマレーシア・ムスリム消費者協会が主催するもので、他にもスターバックス、コルゲート(練り歯磨き)、マクドナルドなども対象となる見通しだ。

抗議先
----------------------------------------------------
エフード・オルメルト・イスラエル首相
Prime Minister Ehud Olmert

The Office of the Prime Minister,
3 Kaplan St. Hakirya, Jerusalem 91950
Fax: +972-2-566-4838, Tel: +972-2-670-5555
Email: pm_eng@pmo.gov.il


エフード・バラク・イスラエル国防大臣
Minister of Defence Ehud Barak

Ministry of Defence, 37 Kaplan Street, Hakirya,
Tel Aviv 61909, Israel
Fax: +972-3-691-6940
Tel: +972-3-569-2010
Email:info@mail.idf.il or sar@mod.gov.il


ニシム・ベンシトリット駐日イスラエル大使
Ambassador Nissim Ben-Shitrit

〒102-0084東京都千代田区二番町3番地
Fax:03-3264-0965, Tel:03-3264‐0911
Email:information@tky.mfa.gov.il


ジョージ・W・ブッシュ米大統領
President George W. Bush

The White House, 1600 Pennsylvania Avenue NW,
Washington, DC 20500, USA
Fax: +1-202-456-2461
Email: president@whitehouse.gov

麻生太郎首相

〒100-0014千代田区永田町2-3-1 首相官邸
Fax:03-3581-3883 Tel:03-3581-0101/03-5253-2111
web投稿ページ: http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html

【例文-オルメルト首相宛】
ハガキで出す場合、70円切手を貼って、送って下さい。

Dear President,

I am writing to express my grave concern about the recent
massive attacks on Gaza Strip which resulted so many victims.
I respectfully urge you to observe international
humanitarian law, to stop all military actions and
inhuman closure policy in Gaza Strip immediately.

Respectfully yours,

(日本語訳)
ガザ地区に対する最近の大規模攻撃によって、多くの犠牲が出て
いることについて深い憂慮を表明いたします。国際人道法を順守し、
これらの地域における軍事行動と封鎖政策をただちに停止するよう、
謹んで要求します。


ワンダーウォールキャンペーン並びに第二次グラフィティファーダの呼びかけ

Category: 未分類  
▼ヨルダン難民キャンプのパレスチナのこども
kodomo.jpg

●ワンダーウォールキャンペーン 第二次グラフィティファーダの呼びかけ

パレスチナのガザでイスラエル兵がパレスチナ人を好き放題殺している。その数は、500人を越えて今も毎日大人からこどもまで殺されている。そこで!私は、ワンダーウォールキャンペーン並びに第一次グラフィティファーダ(http://illcomm.exblog.jp/7218401/)を昨年一緒にやった28人の仲間と新たな仲間たちに「ワンダーウォールキャンペーン並びに第二次グラフィティファーダ」を呼びかけたい!グラフィティファーダやインティファーダはあえて呼びかけるもんじゃないと思うけど、ここはあえて「運動」会の開会式のように威勢良く叫びたいと思う。

でも今回はIRA、気流舎、素人の乱などにポスターやステンシルを集めてハーポプロダクションがパレスチナに送ってそれをイスラエルが作ったパレスチナのアパルトヘイト壁(以下・分離壁)に貼るんじゃない。各地の地元の壁、又は目には見えないけど確実にそこにある圧迫感としての分離壁にグラフィティファーダしようと言いたい。

今思うと、イスラエルのいうセキュリティーのために置かれたパレスチナ人を日々抑えてつけている分離壁、チェックポイント、監視カメラ、兵隊の侵入など形は違えど日本にも似たような壁があると思う。たとえば私が、大学生の自治会に参加していた時、大学は高い学費の使い方を学生に相談することもなく大学美化のために無駄な新設を始めた。そして大学のメインロードに建設のための大きな壁が置かれた。最近は監視カメラの設置も議論されているらしい。大学を卒業してトラックの運転手になった。トラック内にはGPSがつまれ、いつもどこにいて、何キロで走っているかが事務所のパソコンにすべてチェックされていた。週二回の朝礼でどうでもいい話をされ聞いていないと怒鳴られた。会社内にはセキュリティーのためといいカメラがそこらじゅうにあった。12時間労働で休憩もほとんどなく疲れ過ぎて寝れないから寝酒を飲む。すると翌日のアルコールチェックで引っかかりまた怒鳴られる。トラックの運転手をやめて障害者学級の委託教員になった。学校もまた子どもたちへのセキュリティーを理由に教室から校内のいたるところに監視カメラが24時間回っていた。放課後、学校で遊んでゆきたい子どもたちは校内に隣接された遊びの施設を利用し、氏名などを明記し施設側が子どもたちを管理していた。子どもたちにとって一生に一度の小学校の卒業式、楽しく送り出したいのに「君が代・日の丸」の時間になると会場の空気は誰でも気がつくほど一気に凍りつく。教育委員会は教員が起立したままでいるかを細かくチェックしていた。日本やイスラエルの留置場は24時間体制で誰かに監視され厳しい管理がある。留置場から外に久々に出たとき、外と中のたしして変わらない点に気がついた。
 私がパレスチナで毎日暴力を目の前にしていた環境、日本国内の目には見えないけどなにか圧迫感のある日常生活、日本やイスラエルの檻の中の空気はほとんど大差がなかった。

 だから、私は今、私たちの近くにある近所の壁や目には見えないがそこにある居心地の悪さを作っている壁にグラフィティファーダまたはインティファーダしようとなんどでも言いたい。それが、また間接的にもパレスチナでの虐殺を止めてゆく手段のひとつだと信じている(ギリシャの暴動が各地に飛び火したように)。
 それに街のいたるところにパレスチナ人を大量虐殺しているイスラエル軍を支援するスターバックス、コカ・コーラ、マクドナルド、エスティ・ローダー、ネスレ、インテル、マイクロソフト、IBMディズニー、ダノン、ロレアル、サラ・リー、Hanes、Champion、ジョンソン&ジョンソ、ノキアなどの広告が溢れている。ガザの虐殺などそ知らぬ顔で平然と開店してたり販売している。人殺しを支援している会社の広告があるんだから、人を殺すなという個人広告が街中にたくさんあっていいと思う。
 それにやっぱり一人でやるよりどこかに同じ風に違和感を持っている人たちと連帯する方がずっと楽しいと思うし、もっといろんな可能性があると思う。これは一年前にやったワンダーウォールキャンペーンで学んだことでもある。もうすでにグラフィティファーダやインティファーダは世界各地で休むことなく続いているが、もう一度、ワンダーウォールキャンペーンをやろう!!

P1070502.jpg
▲パレスチナに土地の自由を!(グアテマラの街から)


以下は時間があったら読んでください。

 どうしてグラフィティファーダを呼びかけたかを聞いていただけるとうれしいです。それは今いるグアテマラという国が大きい。ガザへの爆撃、ジェノサイトが始まり、世界の各地でイスラエルに抗議する活動が行われている。私も心底デモに参加したいと思った。でも、ここグアテマラには私の知る限り抗議行動はない。じゃあ、抗議のビラでも作って街でばら撒こうと思った。でも、地元の友人やスペイン語の先生に警察に捕まるからやめろといわれた。それじゃあ、仕方ない、捕まるのは嫌だからこっそりグラフィティファーダするしかないと思った。警察や政府への恐れ、何もできないというのは軍事政権下ではよくあることだと思う。では、なにがグアテマラの人たちをそうさせているのか?

 おそらくその原因として、1961年から96年まで続いた36年間の内戦と激しい抑圧のトラウマ。それにリオス・モント政権下・1982年のジェノサイトだと思う。特にこの82年の政府によるジェノサイトでは8ヶ月間で7万5千人ちかくが殺害され、440の村が消滅し、100万人を越す国内避難民、30万人の国外難民が生まれた。それも殺された多くが(現在グアテマラの人口の60%である)先住民のマヤ民族だった。それもマヤ民族を殺させたのは、同民族のマヤ民族だった。政府は自警団を作り、自警団に入らぬものはゲリラとして抹殺した。だから多くのマヤ民族は恐怖から逃れるために自警団に入らざるおえなかった。そして、自ら生き延びるためにマヤ民族がマヤ民族を犯し殺すシステムが維持された。これに武装して抵抗したゲリラ兵士や、また地道な活動で抵抗を続けてきた活動家たちは拷問され殺害された。もちろん、世界中の人権団体や国連が当時の軍事政権を批判し各国の軍事支援の停止をもとめた。にも関わらず、「虐殺や拷問の洗練された手法が、米国やアルゼンチン、イスラエルなどからグアテマラ軍部へ伝授され、とりわけCIAは1993年にいたるまでグアテマラ政府軍への支援を続けていた。」(グアテマラを知るための65章より)。
 グアテマラ軍部は1960年代半ばから米国とイスラエルに育てられてきた。そのゆえんとしてイスラエルを「国家」として承認を世界で二番目にしたのがグアテマラでもある。
 そう、ここにもやっぱり米国やイスラエルがいる。そもそも近年、世界各地で起きている大虐殺、独裁政権の背後に彼らが不在のことの方珍しい。それにしても36年間の内戦、ジェノサイトを起こしてきたグアテマラ軍部に対して米国やイスラエルの介入さいなかったら一体何人の人間がもっと生き延びれたのだろうか?
 しかし注目したいのは、80年代のジェノサイトから、マヤ民族たちはただ殺されるだけではなく、独自の抵抗を長年続けてきた。ジェノサイトから逃れたマヤ民族たちは山中に「抵抗の共同体」という自給自足的な相互扶助の共同体を作っていた。2万人を超すマヤ民族が暮らしていた。(グアテマラ虐殺の記憶ー真実と和解を求めて 参照)

 しかし、内戦後から現在に至るまで、グアテマラは米国やイスラエルによって動かされていると、地元の人は言う。さらにいまだに人権団体や活動家たちへの政府からの脅迫が続いているという。また、農地の多くは米国をはじめとする多国籍企業に抑えられているため、貧しい農民、特にマヤ民族の生活は中々貧困から抜け出せないでいる。また、内戦の後遺症として、各地で殺人などの継続的な日常としての暴力が続いている。
 しかし、こういった状況を改善しようと立ち上がろうとするとすぐに米国や多国籍企業、世界銀行などにつぶされてしまう。いい例として隣国のニカラグアの1979年から90年まで続いたサンディニスタ政府時代があげられると思う。革命政府は貧困から脱するために農地を貧農たちに分け与え、医療施設や学校などを各地に作り、ただお金をかけるのではなく住民自身が直接参加することで問題を意識化し地域社会を活性化させようという試みが行われた。その結果、教育の向上により識字率は上がり、土地を得たことで十分な食物が子どもたちへ行き渡り、死亡率なども下がり始めていた。その矢先、このシステムを潰したのが、米国や世界銀行だった。そして親米政府ができ、子どもの健康は失われ、貧困の格差が拡大した(いのち・開発・NGO参照)。このとき、米国はこのシステムが「共産主義」で米国を脅かすということをいっている。

 ここで重なるのが、今回もそうだし毎度おなじみのイスラエルがハマスやパレスチナの抵抗運動に対して言い放つ「ハマスのイスラム原理主義、テロリズム」がイスラエルを脅かす、だからテロを撲滅させるという理由。私自身、ハマスの実態としてはよく知らない。残念ながら現役のハマス兵士の友人もいない。でも、ハマスについて知っているのはパレスチナの友人たちからよく聞いていたハマス像だ。ハマス嫌いが多いのは確かだけど、ハマスを支援する友人たちがよく言うこととして、ハマスは「学校や医療施設をたくさん作る」ということだ。これはニカラグアの社会作りと共通する面があると思う。第一、社会をつくってゆくとき、一番に力をいれるべきことは、学校と医療さらに貧農たちへの土地の分配だと思う。これは世界各地のスラムやストリートチルドレンと遊んできて心底思う。いくらその国に金持ちがたくさんいても貧乏人が多ければ結局、国全体としては経済も活性化されずに全体として豊かになることはない。そういった意味でも、ハマスだけに関わらず、パレスチナという国は多くの人たちが学校や医療を大切にしようと考えている。少なくとも私が接してきた多くの友人たちはそうだ(パレスチナの教育水準は高い、病院もわたしでも無料で受けれる)。その一方、米国もそうだけど軍事にばっかり金を使っているイスラエルの教育や医療制度はパレスチナのそれとは逆に貧乏人たちに厳しい。パレスチナ人の多くは低収入だがホームレスはいない。しかし、逆にホームレスが多いのもイスラエルだ。こういった意味では確かにイスラエルにとって健康な身体としっかりと教育を受けたパレスチナ人は脅威そのものかもしれない。

 米国人だろうがイスラエル人だろうが、どこの子どもたちにも教育と健康な身体を得る当然の権利がある。それを潰すことは誰にもできない。しかし、昨日(1月7日)の地元の新聞にはイスラエルがガザの学校に爆撃して40人が殺されたと書いてあった。これほど許されない行為はないと思う。
 こちらの新聞は親米・親イスラエルだけあって、ハマスを「テロリスト」と書いてある。日本の記事も見ても「イスラム過激派」と目にする。簡単には言い切れないけど、ある面では、この「テロリスト」たちは学校や医療施設をつくり、人々に健康と知恵を広めてゆこうとしてる。それに元々自分たちの土地を他国に武力で奪われた人々を「テロリスト」、「過激派」というなら、私も喜んで教育や医療に力を注ぐ優しい「テロリスト・過激派」を目指そうと思う。

 パレスチナから日本の新聞やテレビに情報を発信する日本の記者たちと若干連絡をとったことがある。彼らの意識はイスラエルのやり方に懐疑的だったし、私と共通する考えが多かった。しかし、マスメディアというひとつの組織としての越えにくい隔離壁を前に、なかなか飛び越られないでいる。イスラエルの日本大使も同様だ。留置場に面会に来てくれたとき、本当によくしてくれた。大使個人としては私たちのイスラエルに対する侵略反対の活動に理解を示してくれた。しかし、現在のガザの虐殺、邦人が2人イスラエル兵に目をゴム弾で撃たれたとき、なにもできないでいる。ここにも大きな隔離壁があると思う。

 これは目に見えるパレスチナの隔離壁だけでなく、世界中いたるところの社会にこの目には見えない隔離壁があると思う。今、目の前にしている目には見えない隔離壁を壊してゆくことで、世界中からこの隔離壁が減ってゆき、ゆくゆくは、イスラエルによるパレスチナ人への虐殺を止め、パレスチナの隔離壁をぶち壊すことができると思う。パレスチナの問題は、原因がヨーロッパ諸国によってもたされたように、解決するには大国の力ではなく他国の民衆の力が必要だと思う。

 今、ガザで私の仲間たちISM(国際連帯運動)が死も覚悟で人間の盾となって必死の活動を続けている。スウェーデンの「ウメオの女たち」(男も含む)も毎日街頭でデモをやっている。世界中でデモや抗議活動、ボイコットが起きている。イスラエル内でもデモが起きている。イスラエル人のアナーキスト・アゲインスト・ウォールのアナキストたちが身体をはってイスラエル政府に抵抗している。西岸地区でも、毎日激しい弾圧の中、抗議やデモ、インティファーダが起きている。私のいたヘブロンでは、私の友人のこどもたちや若者が、チェックポイントに投石を続けている。

 28人の仲間たち、新たな仲間たちへ、新たなグラフィティファーダ並びにインティファーダを地元でやろう!!地味でもええじゃないか!少しづつでもいい、連帯して楽しみながら、やっていこうじゃないの!!ペンと紙とステンシルとスプレー缶とボンドとハサミをもって街へゆこう!!

守るべきパレスチナのオリーブの木は俺らのすぐ足元にある!!


ps 現在、ガザだけじゃなく、西岸地区もチェックポイントの封鎖が続いたり、激しい弾圧、中には殺害も起きている。ついこの間もテルアビブでアラブ人の男性がイスラエル軍警察にて銃殺された。ということで、今、パレスチナの各地でインターナショナルの活動家、ボランティアが必要としています。そうだ!パレスチナへゆこう!と思う方いたら、ismに参加したい方いたらメールください。できるだけ協力させていただきたいと思います。 osasimi-ichiban@hotmail.co.jp  志賀直輝

パレスチナのハビビ、ハビプタ、殺されていった仲間たちの遺志を継ぐとともに、街へ出たい。

1047463639_206.jpg
▲グアテマラの街に突如現れたイスラエルのパレスチナに対する虐殺に反対するステッカー。
夜間は警官と強盗が多いため、難が多い。


sinbun.jpg
▲1月8日のグアテマラの新聞。グアテマラ政府に抗する落書きのメッセージが新聞を飾る。ということで、今まで街にメッセージ的な個人広告が目にしなかったが、ここにきてここにきて街のいたるところにイスラエルへの抗議のステッカーととグアテマラ政府やグアテマラ社会の暴力に反対する落書きが肩を並べた!!ここグアテマラでもグラフィティファーダは始まった!



とうとうガザへの地上侵攻が!

Category: 未分類  
**以下、転送を歓迎します**
○○○ナブルス通信 2009.1.05号○○○
     とうとうガザへの地上侵攻が!1
    http://www.onweb.to/palestine/
      Information on Palestine

────────────────────────────────
>◇地上侵攻が始まってしまった

世界中からのガザ爆撃に対する抗議をよそに、3日夜(現地時間)、イス
ラエル軍はガザへの地上侵攻を開始しました。「戦闘」が始まっていると
ニュースは伝えています。

胸がしめつけられる思いとともに思い出したのは、後に徴兵拒否をする
イスラエル空軍兵士が手記で書いていた言葉でした。「僕は空軍パイロ
ットとして、ガザにミサイルを落とすために出撃した。しかし、どこま
で飛んでも、地上には戦車の一台もない。相手は戦車も戦闘機も何も持
っていないことに気づいたとき、自分は何をしているかと呆然とした」。
こんな一文だったと思います。

現在、行われている「戦闘」というのも、原始的な武器を持ったゲリラ
相手にハイテク兵器装備の部隊が精度の高い殺戮マシーンをフル回転さ
せ、人口の密集地で何も関係ない人びとをも巻き込んで傷つけていくも
のでしょう。地上侵攻後の様子は、まだ、それほどわかりませんが、ガ
ザはイスラエル軍によって南北に分断されたこと、侵攻後の犠牲者は殺
された者が40人ほど――そのなかには一家5人や12歳の少女、救急車の
運転手が殺されている――というようなことが伝わってきています。夜
通し響く爆弾の炸裂音のもと、逃げる場所もなく、150万人の人が死と
隣合わせで生きています。

これを書いている現在、ガザでの犠牲者累計は、死者470人(AP通信な
どは500人)、負傷者にいたっては2000人を軽く超えていることがわか
っています。負傷者は重傷以上の人がカウントされています。というの
は、軽傷~中傷は病院が対応できなくて帰しているからです。

また、ガザへの空爆ではクラスター爆弾が使われたとマスメディアが報
じています(クラスター爆弾禁止条約はどこにいったのでしょう?)。
さらに劣化ウラン弾の使用も疑われていて、現在、調査が行われています。

虐殺という言葉だけでは伝えきれない、ガザ総体の破壊が進行している
ように思われます。なお国連安保理での緊急協議では、即時停戦要請に
米国が反対して声明を採択できずに終わっています。(ナブルス通信)

(この間の流れなどは、P-navi infoをごらんください)

────────────────────────────────
>◇ガザからの緊急メール

ガザ・アル=アズハル大のアブデルワーヘド教授からのメールは断続的
に世界に届けられています。現在、届いている最新のものを掲載します。
(翻訳:岡真理)

「ガザより22 緊急に!」

2009年1月4日 13:12(現地時間)

毎分、爆発音が聞こえる。1回あるいは2回、3回のこともある。この
状態がここ15時間以上続いている。戦車、大砲、戦艦。UNRWA
職員のフサイン・オーダ・アル=アイディ(58歳)が戦闘のまった
だ中に釘付け状態にされている。イスラエルの戦車複数が彼の自宅の
周りを直径1キロ以上の円を描くように動いている。彼は昨晩、10時
半、砲撃を受けた。家族5人が重傷を負っている。だが、イスラエル
の戦車以外、誰も彼に近づけない。
彼の家には電気も水も食糧もない。彼の家族たち、母親と彼の二人
の兄弟の家族が一部屋にすし詰めになっている。20人以上だ。フセ
インを緊急に援けなければ、そして怪我人を避難させなければ。

***

一連のメールは以下から読めます。
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200901040217.htm


────────────────────────────────
>◇イスラエルの嘘に抗するために

イスラエルによる虐殺が続いているというのに、この責任をハマスの
せいにするというレトリックが相変わらず使われています。ブッシュも
そう言って、イスラエルに侵攻のゴーサインを出しました。以下に、
そのレトリックを考え直す文章を出します(「占領60年」とか粗い部分
もありますが、基本的には間違っていないと思います)。

「イスラエルの嘘プロパガンダ・マシン全開」
2008年12月31日
スチュアート・リトルウッド
GlobalResearch原文
http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=11560

翻訳:益岡賢


ガザへの残虐な攻撃が続く中、ロンドンのイスラエル大使館ウェブ
サイトに、嘘のない行は一行とてないような要点説明文書が掲載さ
れていることに気付いた。西洋の主流派メディアはそれを垂れ流し
、また、テレビやラジオの熟練インタビュアーも、その内容に疑問
を呈しさえしない。

要点説明文書は、2008年12月27日付けでイスラエル外相
ツィッピー・リヴニがイスラエルの記者団に語った声明の書き起こ
しである。この日は不名誉な日として歴史に残るだろう。この声明
は、我々西側の人々だけでなくイスラエル市民をも騙すために使わ
れるイカサマを極めてよく示している。この声明はまた、イスラエ
ルの政治体制による自己イメージが、不誠実さと欺瞞の上に成り立
っていることも示している。

例えば:

・「イスラエル市民は永年にわたりガザからの日常的な攻撃の脅威
にさらされてきた。」

パレスチナ人は60年にわたりイスラエルの過酷な占領下に置かれ
てきた。

・「今週だけでミサイルと迫撃砲が数百発もイスラエルの民間人居
住区に向けて発射された。」

カッサム・ロケットで死者が出るのは500発に1発である。一方、
イスラエルのハイテク兵器がガザの密集した都市や街に撃ち込んだ
爆弾やミサイル、ロケット、擲弾、戦車砲は何千発にのぼるのだろう?

・「これまで我々は自制してきた。けれども今や軍事行動以外に選択
肢はない。」

イスラエルがとるべき唯一の合法的な選択肢は、国際法と国連決議に
従って占領を終わらせ、1967年の境界まで撤退することである。
2000年以降、イスラエルはイスラエル人1人に対してパレスチナ
人8人の割合でパレスチナ人を殺してきた。子どもだけに限ると1人
に対して12人である(ベツレムの数値)。これを「自制」と言うの
だろうか?

・「ガザのテロ・インフラに軍事的反撃を加えることで、イスラエル
市民を攻撃から守る必要がある。」

自衛権はイスラエルだけの権利ではない。パレスチナの人々も、同様
に、イスラエルのテロ攻撃から市民を守る権利を有する。

・「イスラエルは平和のチャンスをもたらすためにガザから撤退した。」

イスラエルはガザから撤退していない。依然として、ガザの領空と沿岸
水域を占領し、出入り口をすべて制圧している。

・「それに対して、ハマスというテロ組織はガザを制圧し、その市民を
隠れ蓑としてイスラエル・コミュニティを意図的に攻撃し、平和をもた
らす機会をつぶしてきた。」

ハマスは選挙で政権の座についたパレスチナの合法的な政府である。
イスラエルはパレスチナ人の人権を否定して、選挙によりパレスチナ
人が行った選択を認めず、すぐさま選挙結果を抹殺しはじめた。

・「イスラエルは武力に訴えずに平静をもたらすあらゆる手段を講じた。
エジプトの仲介で停戦に合意したが、ハマスは、イスラエルを標的とし
続け、ジラド・シャリットを拘束し、武装を続けて停戦を破った。」

これは驚いた。イスラエルが続ける包囲攻撃と経済封鎖は2006年
前半にハマスが選挙で選ばれてからまもなく始まったもので、平静な
状態を作り出すとは程遠い。また、イスラエルが拉致し投獄している
9000人のパレスチナ人よりもシャリット1人の方が重要だと考え
るのはどうしてだろうか? ハマスが政権の座についたとたん、イス
ラエル軍はハマスの閣僚8人と国会議員20人を拉致し、ハマス政府
が機能できないようにした。

・「イスラエルは人道危機を回避し、パレスチナ人市民への損害を最小
限に抑えようとしつづけている。」

ガザで活動しているすべての機関は、人道危機が深刻化していると警告
を発し、とりわけ子供たち----その多くは発育不全の様相を示している
----の飢餓と苦痛をもたらしたイスラエルの経済封鎖に抗議している。

・「一般市民が被る苦しみはハマスの責任だ。」

ジュネーブ第四条約によると、そうではない。

・「ハマスはイランの支援を受けたテロ組織で、パレスチナ民族の利益
を合法的に代表するものではなく、この地域の人々に平和をもたらすこ
とを否定しようとする、イスラム過激派の政策を代表している。」

ハマスは前回の選挙でパレスチナの人々が選び出した組織である。国際
法のもとで、ハマスは、不法占領者と侵略者に対抗するために武器を取る
権利を有する。イランの支援を得ていたとして、それがどうしたというの
だろう? イスラエルは米国から巨大な支援を得ている。テロについて言
えば、米国によるテロの定義に完全に合致するのはイスラエルの行為であ
る。これについてはブッシュの大統領令13224第3項を参照のこと:
http://www.treas.gov/offices/enforcement/ofac/programs/terror/terror.pdf

・「ハマスに対峙する一方、イスラエルは、二国家解決を信じ、アナポ
リスで始まった和平プロセスの文脈で、合法的なパレスチナ自治政府と
の交渉に真剣に打ち込んでいる。」

イスラエルは現場で、有効なパレスチナ国家の実現を不可能にするよう
な現実を不可逆的に作り出そうと献身している。誰もが知っているよう
に、イスラエル政府は和平プロセスを否定して不法な入植地と不法な壁
の建設を続け、パレスチナ人の住宅を破戒し続けている。

数カ月前、ハマスは、国連の諸決議に従って、国際的に承認された
(1967年以前の)境界に基づくパレスチナ国家案----完全な主権を
有し、エルサレムを首都とする----を受け入れたが、この点は無視され
た。ハマスはまた10年間の休戦を提案したが、これも無視された。そ
れ以前に、オスロ合意の中でアラファトとPLOはイスラエル国家を
承認したが、それが何かパレスチナに改善をもたらしただろうか?
米国の支援を受けファタハに支配された今日のパレスチナ自治政府は、
パレスチナの人々を代表していない。

・「テロと闘うイスラエルは、国際社会の支持と理解を得られるもの
と考えている。イスラエルはまた、平和と共存の力により地域の将来
を決することを望むすべての人々の利益を推進する。」

イスラエルは米国に次いで中東地域で最大のテロ実行犯であり、自分
の利益だけを推進している。西洋各国の政府にいるイスラエル・ロビ
ーの傀儡からの支持は得られるかも知れないが、それ以外の人々はど
んどんイスラエルの政策を軽蔑し始めている。

以下は、2008年12月22日の声明から:

・「イランの支援を受けたハマスは、イスラエルの完全破壊を望む
と繰り返し発言してきた。」

率先して破壊を行ってきたのはイスラエル自身であり、現在も、
ハマスとガザの人々を完全抹殺しようとしている。イランのアフマ
ディーネジャードは故アヤトーラ・ホメイニの発言を引用して、
「エルサレムを占領している現在のイスラエル政府は歴史から消え
去らねばならない」と述べた。国連の分割案のもとでエルサレムは
ベツレヘムとともに「国際都市」と指定されたことを考えると、妥
当なコメントである。

イスラエルのプロパガンダはこのイランの発言を「イスラエルは
地図から抹消されなくてはならない」とねじ曲げた。一方、シオ
ニストの情報源やイスラエル諸政党のマニフェストは以前から、
イスラエルはパレスチナを地図から抹消する計画であることを明
らかにしており、イスラエルの行動と嘘はすべてその目標に向か
っている。

「・「我々はガザの人々と戦っているのではない。過激派のハマ
スと戦っている。」

だとすると、イスラエル海軍が自分の水域で漁をしていた平和的
なガザの漁師を攻撃し発砲したのはどうしてだろう? なぜイス
ラエルはパレスチナ人学生が海外の大学で学ぶのを妨害し、病院
の備品や医薬品、食料、海外の医療関係者がガザに入ることを阻止
しているのだろう?

イスラエル海軍が、ガザに医師と医薬品を持ち込もうとした慈善
船舶を国際水域で妨害したのはどうしてだろう? つい最近、
イスラエルの空襲はイスラミック大学と教育省に命中した。これ
らはガザの市民社会とそのインフラを直接の標的とした攻撃である。

・「紛争を始めたのはハマスであり、双方の文民に出た被害の責任
はハマスにある。」

紛争はユダヤ人テロリストが始めたもので、60年間続いている。
紛争が始まったのはハマスが出現する数十年前のことである。

・「イスラエルが唯一責任を負うのは、イスラエル市民の保護で
ある。」

占領勢力として、イスラエルには、被占領地の人々が損害を受け
ないようにする義務がある。

・「イスラエルが自国の文民を守ろうとする一方、それに応じて
ハマスは彼ら彼女らを殺そうとする。」

逆のほうがはるかに現実に近い。「ハマスが自国の文民を守ろうと
する一方、それに応じてイスラエルは彼ら彼女らを殺そうとする。」

・「ロケット攻撃は数年前から続いており、今や日常的となってい
る。イスラエルがそれに対して自衛手段を講じるまでにどれだけ自制
すると国際社会は考えるだろう?」

イスラエルが占領をやめ、近隣の人々へのテロをやめるなら、ロケ
ット攻撃も終わるだろう。

・「イスラエル南部では、イスラエル市民は毎日、ときによっては
毎時間、空襲警報を聞いている。この状況は耐えがたい。」

その耐えがたさとて、ガザの人々の耐えがたい状況の半分にも及ば
ない。ガザの人々はイスラエル軍の空襲と侵略の絶え間ない恐怖の
うちに暮らしており、武装無人偵察機の絶え間ない偵察下に置かれ
ている。この武装無人偵察機は、イスラエル本部のひじかけいすか
らコンピュータ制御によってミサイルを発射することができる。

・「永年にわたり、国際社会はこの猛攻撃に見て見ぬふりをしてき
た。イスラエルがロケットを阻止しようとしたときだけ、国際社会
は気付く。」

永年にわたり、国際社会はイスラエルが犯した国際法の侵害と人権
侵害に目をつぶってきた。問題が未解決のままなのは、そのためで
ある。

・「ハマスはイスラエルの敵であるだけでなく、平和を信ずるパレ
スチナ人全員の敵である。」

イスラエルはパレスチナ人の民主的な選択を受け入れることができ
ず、それを抹殺しようとしている。

・「平和の機会をすべて破壊したのはハマスの攻撃であってイスラ
エルの対抗手段ではない。」

世界は今やようやく、イスラエルがその人種差別主義国家を「大
イスラエル」に拡大するために必要な土地と水をすべて盗み取るま
で平和を求めないことに気付いた。イスラエルはその目的を達成し
つつあり、邪魔は排除する決意でいる。

・「イスラエルが標的としているパレスチナ人武闘派はイスラエル
人民の敵であるだけでなく、国際法の規定する犯罪者であり、平和
の敵である。」

イスラエルは国際法を説く立場はない。

・「集団的懲罰とはどのようなものか? 集団的懲罰とは、ロケット
や迫撃砲により毎日毎日、街の学校や病院、住宅や民間人が爆撃され
ることだ。」

集団的懲罰とは、全住民を包囲攻撃し、輸出入を妨害し、インフラを
破壊し、経済を壊滅させて子供たちを飢餓に追い込むことである。
ガザで起きていることがスデロットと同じだとするのは馬鹿げている。

・「今日、中東は過激派と現実主義者とに分断されている。イランの
支援を受けたハマスは過激派に属するため、中東の将来のために打倒
しなくてはならない。・・・・・・イスラエル最大の目標は平和だ。」

イスラエル最大の目標は、西岸の占領を永続化し、ガザの人々を屈服
させることでイスラエルを拡大することである。

この闘い最大のポイントは、イスラエルの不法で残忍な占領にある。
イスラエルはこの点への言及を避け、これを隠蔽するために多大な努力
をつぎ込み、自分たちが哀れな犠牲者であると仰々しく演出してきた。
公式声明(上記)が示すように、イスラエルの戦略は、真実を無視して
イスラエルの都合のよいように状況を規定し定義することにある。

イスラエルは先端的なプロパガンダ技術と手の込んだイスラエル・ロ
ビーのネットワークを使って西洋諸国の政治家とメディアを説得して
出来事のイスラエル版を受け入れさせ(さらにイスラエルが使う偏向
した言葉遣いまで使わせ)、動機を問わせないようにしてきた。

政治的なPRとしてそれは大成功を収めてきた。私自身の政府の間抜
けた指導者達はその毒を喜んでまき散らし、イスラエルの攻撃とガザ
の人々の滅殺、分断、粉砕を止めさせることには関心がないようであ
る。人道的なPRとして、これは破滅をもたらす。

この数日、私はBBCの熟練インタビュアーの放送を聞いていた。誰
一人として、イスラエルの報道官に対して、唯一の重要な質問をする
根性を持ったインタビュアーはいなかった。平和の鍵となるその
「キラー」クエスチョン:いったいいつイスラエルは占領を終わらせ、
パレスチナ人の土地と自由をパレスチナ人に返還するのか?



スチュアート・リトルウッドは『ラジオ・フリー・パレスチナ』の著
者。占領下に置かれたパレスチナ人の苦しみを伝えている。

*この文章は「益岡賢のページ」に掲載されている。
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/gaza081231.html

────────────────────────────────
>◇Information 紹介したいサイト1

【世界ではたくさんの人がガザ虐殺に抗議している】

・フォトアルバム

http://electronicintifada.net/v2/article10101.shtml

http://electronicintifada.net/v2/article10107.shtml

・動画集

http://illcomm.exblog.jp/9148168/

【パレスチナ人たちからの発言】(デモクラシー・ナウ日本語字幕つき)

http://democracynow.jp/subomov/20081229-1
────────────────────────────────
>◇訂正

前号でイスラエルへの声の宛先の国防相をアミール・ペレツとボケをか
ましましたが、エフード・バラク(Ehud Barak)の誤りでした。訂正し
てお詫びします。

通信は次の2へ続きます。
────────────────────────────────
>◇P-navi info
[ボチボチ更新中。編集者ビーのblog。速報、インフォ、コラム]
http://0000000000.net/p-navi/info/

28日から連日アップしています。

────────────────────────────────
────────────────────────────────
(編集責任:ナブルス通信 )http://www.onweb.to/palestine/


「私たちはここに残る」 

Category: 未分類  
「私たちはここに残る」 
外国パスポート保持者、ガザにとどまることを決意

2009年1月2日 ガザ

*********************************************


イスラエルは外国のパスポート所持者に対し例外措置として、
安全のためガザを離れることを許可しているが、ガザにとどまり
パレスチナ人と運命をともにすることを選んだ外国人たちがいる。

アルベルト・アルケ(スペイン)は救急車に同伴して病院から報告を
続けてきた。
「イスラエルはガザの人々に対して自分たちがおかしている罪を
目撃されたくないのです。国際ジャーナリストや支援団体はここには
いません。ぼくらがガザを去ってしまったら、いったい誰が、ぼくたちが
今、目にしているこの戦争犯罪を証言するのですか。

12月28日、ぼくは、ラマとハヤー・ハムダーンの二人の姉妹の
瀕死の目を見つめました。ラマは4歳、ハヤーは12歳、二人は
イスラエルのミサイルに殺されました。ぼくがそこに認めた彼女
たちの人間性は、ぼくたちの人間性と何一つ違ってなどいない。
ぼくたちの命は彼女たちの命より価値があるのですか?」
アルベルト・アルケ――国際連帯運動

パレスチナ系南アフリカ人のハイダル・イード博士は言った。
「これは歴史的瞬間だと思う。このガザの大量虐殺は、南アフリカで
1960年に起きたシャープヴィルの大量虐殺と類似している。この
事件の結果、アパルトヘイトに対するBDS[ボイコット、投資引き上げ、
制裁]キャンペーンが始まった。

2009年のガザの大量虐殺は、イスラエルのアパルトヘイトに対する
BDSの運動をより激化させるだろう。南アフリカのアパルトヘイトでは、
BDSキャンペーンによってついにはネルソン・マンデラを監獄から
解放することに成功し、のちに彼は、民主的かつ多人種的かつ
多文化的な南アフリカ共和国の、初の黒人大統領となった。
だから、イスラエルのアパルトヘイトに対するBDSキャンペーンも、
すべての市民が平等に遇される一元的国家を生み出すにちがいない」

イード博士は、ガザのアル=アクサー大学の社会・文化研究の教授
である。彼はまた、イスラエルに対する学術的・文化的ボイコットの
ためのパレスチナ・キャンペーン(PAGBI)の実行委員会のメンバー
であり、「民主的一国家」 One Democratic Stateグループの創設
メンバーの一人でもある。

ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)は語った。「彼らはレバノンでも
同じことをしました。でも、レバノンでは、激しく爆撃されたところも
あったけれど、安全なところもありました。ガザでは、安全な場所など
どこにもない。この人たちをどうして残して行けますか?生きるなら
彼らとともに生きます。それができないなら、彼らと死をともにします」
ナタリー・アブー・シャクラ――国際連帯運動

「イスラエルが国際ジャーナリストの[ガザ立ち入りを]禁じている
ために、ガザの声はさらに押し殺されてきました。この地の現実を
外の世界に発信することは、イスラエルによる攻撃の違法性に光を
当てるために不可欠です。私たちは最近になって救急車に同伴する
ようになりました。医療従事者に対する攻撃を報告するためです。
これはジュネーヴ協定違反です。苦しむ家族たちの姿を目にし、
私もその苦しみを感じてきました。彼らをおいて出て行くことなど
できません。すべての市民が、イスラエルの攻撃の前で身を守る
すべがないのです。私たちはとどまって、ガザの人々に対する
イスラエルの攻撃の本質をあばき続けるつもりです」
ジェニー・リネル――国際連帯運動

「イスラエルは、ガザを離れることができる者を決めているだけでは
ありません。誰が入ることができるかも決めているのです。私は、
家やモスクや大学が粉々に破壊されているのをこの目で見ました。
市街地でミサイル攻撃がどれほど人々を恐怖に陥れているかも
分かりました。死んだ子どもたちの姿も目にしました。家から30メートル
のところをイスラエルが爆撃しているのに、家のなかに閉じ込められて
しまった家族が叫ぶのも聞きました。ガザの人々、150万の人々
すべてが、これらの違法な攻撃から逃れることができないのです。

私たちの命が彼らの命以上に大切であるなどということはありません。
彼らが苦しんでいるかぎり、私たちはとどまります。彼らと連帯する
ために、そして、イスラエルが邪魔して外国のジャーナリストに公表
されまいとしていることを報告するために」
エヴァ・バートレット――国際連帯運動

「ガザのパレスチナ人は、イスラエルが課している封鎖のせいで
世界から孤立しています。今、私たちにはここを離れる機会が
与えられましたが、ガザの人々にそのような選択肢などないのです。
ガザの家族たちと連帯してここにとどまること、それはイスラエルの
暴力がおぞましいまでに増大しているなかで決定的に重要なことです。
私は封鎖の影響をこの目で見ました。民間人に対して現在進行形で
振るわれている暴力も見ています。私たちはイスラエルの違法な
政策の犠牲者たちの側に立ち続けます」
シャロン・ロック――国際連帯運動

「イスラエルによって犯されている人道に対する罪を耐え忍んでいる
ガザの人々と連帯して、自分にはここにとどまる責任があると思います。
ガザの全住民に対するこの物理的、心理的、政治的戦争を止める
ために国際社会が行動しないのであれば、国際的監視者、ジャーナ
リスト、活動家がここガザにいなければならないのです。

私たちはこの目で見て、報告し、止めなければならないのです、
どこであろうと、ガザの人々に対してイスラエル占領軍がおかして
いる戦争犯罪を。イスラエルは人道に対する自分たちの罪を目撃
されたくないのです。でも、ガザの人たちは違います。彼らは言い
続けています、「どうか、私たちの身に起きていることを世界に
伝えてください、こんなことが起きるなんて信じられません」と。
彼らは最悪の事態となることを恐れています。誰もが脅え、恐怖に
突き落とされています。私はここを離れません。イスラエル占領軍こそ
国際法に従って、パレスチナを去らねばならないのです」 
エヴァ・ジャシウィッツ――自由ガザ運動


「エレツ検問所は国際監視員や医薬品をガザに入れるために開放
されるべきなのであって、〔私たちを〕外に出すためではありません。
私たちは、封鎖およびこの間の爆撃で死ぬ人たちをじかに見てき
ました。イスラエルの違法な軍事行動によって私は大勢の友人を
なくしました。私たちはパレスチナ人と連帯し、この暴虐非道を報告
し続けます。国際的監視者である私たちには、国際社会がイスラエル
によるガザ攻撃の現実について知ることができるよう保証する責任が
あるのです」
ヴィットリオ・アッリゴーニ――国際連帯運動

国際人権活動家たちは、12月31日、イスラエルのミサイルで
インターンのムハンマド・アブー・ハセーラと医師のイハーブ・
アル・マスーンが殺害されてから、ガザ地区の救急車に同伴
するという活動を続けてきた。国際活動家たちはマスーン医師
が亡くなったとき、ベイト・ハヌーンのカマール・アドァーン病院にいた。

ガザにとどまっている人権活動家たち

アルベルト・アルケ(スペイン)、
エヴァ・ジャシウィッツ(ポーランド/英国)、
ハイダル・イード博士(南アフリカ)、
シャロン・ロック(オーストラリア)、
ヴィットリオ・アッリゴーニ(イタリア)、
ジェニー・リネル(英国)、
ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)、
エヴァ・バートレット(カナダ)

(訳:岡 真理)


プロフィール

志賀直輝 

Author:志賀直輝 


志賀直輝 a.k.a. kitou seishi


海外逃亡をへて4年ぶりの糞賃労働の日々。パートナーの出産と共に主夫強制引退。現在は、育児と保守的な職場内で闘争実施中。近い将来は、子連れ狼になりたい。


と思っていたが、原発事故によって一寸先は闇、現在、原発猛反対中。文字通り、お先まっくろ(アナキスト)でございます。どいつもこいつも、金、金、金、みんなでアナーキーに生きるしかない!原発や原爆の原料になるウランのある山を畏怖し近かづかなかったインディヘナたちは、7世代先の子どもたちのことまで考えていたらしい。っていうんだから、アナーキーかつインディヘナなように!

最近の記事
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。