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シコシコアナキスト日誌

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鍋の底のインド人

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インド男に学ぶ色即是空

ブッタガヤを訪れる人々の多くはチベタン、タイ、ブータン、ビルマなどからの坊さん、仏教巡礼者、団体、家族たちだ。日本からは俺のような個人旅行者がちらほらしている。俺は修行中だけあって常に旅行者を視姦(目で犯す)している。
 だが,ここに来る邦人旅行者のタイプはアベ・マリア(処女マリア)系や皇室系(皇室アイドル・ノリピー系)が多い。もちろん,全国の皇室ファンや処女マリアファンには大そうなご馳走であろう。ただ、俺の日本で作られた美意識はどうもそれとは違う。あらためて自分の美意識が、造形された日本の広告アイドルやAV女優的であることに気が付かされる。この美意識はどう考えてもテレビやマスコミ、街に貼られたポスターなどのサブリミナル効果、ドンキーホーテー効果(同じ音や映像を繰り返し垂れ流す)が原因であるとしかいえない。その証拠に多くの人は巨乳が流行れば巨乳に飛びつき、ロリコンが流行ればロリコンがもてはやされる。これはテレビや広告のチャンネル次第でいかようにも変わる。

話がそれたので少し戻す。俺はこのアベマリアや皇室系の旅行者を見ても股間の膨張率があがらなかった。かつて巨人の顔であった
クロマティーの打率のようには上がらない。どっちかというとチャンスに弱い原辰則といったところだった。
しかし、インドの男タチは違う。相手がアベマリアだろうとノリノミヤだろうと60後半のおばちゃんだろうと血気盛んに激突してゆく。

(これはまさしく、石原慎太郎のいうところの美しい日本の象徴であった特攻隊のようではないか!
それから、アベはアベでもマリアでもサダでもないシンゾウの方は「美しいクニ」とかいっているらしいですね。そこで、我が友の杉山J太郎くんは「美しいクニ」の「ク」と「ニ」の間に「ン」をいれようと提案を出しました。「美しいクンニ」。なんという素晴らしいフレーズなんだろう。「今日、我が国日本に足らないのは、美しいクンニであります!なめろや!なめろ!一億三千回!!男性優位なセックスから脱却せよ!」)

また、話がそれたが、このインド男のこだわりのなさ、差別のない美意識、これこそまさに「空」の精神、色即是空、空即是空であります。ここに日本仏教の一番ポップな経典「般若心経」の実践があった。俺はインド男に恐れおののき、チベタンが地に這いつくばって拝み伏せる五体倒地をせずにはいられなかった。

それからというものの、インド男の色即是空を学ぼうとしたせいか、禁欲生活がこうをそうしたのかどんな子が私の前を通ろうともただで返すことはなくなりました。これぞ、まさに空。差別のない曇りのない、こだわりのない生き方。あるがままに。すばらしい!

(といいつつも、やはりインドの社会構造から見ると結婚前のインド人カップルのセックスは容易ではないだろうし、結婚できない人やチャンスのない人にとっては誰であろうとやりたいという願望がそうさせてるという面もわすれてはいけない。)


期待と幻滅もまた空なり

こういった生活の中でますます仏教が身近なものになってきた。さらに仏教のすごさにも酔いしれていた。
しかし、酔いなどいつまでも続くはずもない。翌日来るのは二日酔い。そう相場じゃ決まっております。

ブッタガヤは数年前に世界遺産に認定されたらしい。世界遺産と同時に街の整備化も進められている。そのため、まずは汚い物売りを強制的に移動させるらしい。その後、昔からここに住んでいる住民たちを強制的に移動させてしまう予定だという。ブッタガヤのおもしろさは地元民の村と世界各国の仏教の寺が混在しているところにある。
さらに確かかどうかわからないが、地元の人の話ではブッタガヤの新しい地図が作られている。だが、その地図には住宅地はおろかヒンドゥー寺院やイスラム寺院も載っていないという。また、一連の整備化を行っている州政府をタイ仏教やチベット仏教など仏教関係者が支えてるとも話していた。真相は全くわからない。が、もしも確かなら相当な問題をはらんでいる。
どちらにしても街が整備化されればもっと観光客は増える。各寺にはホテルがあり、土産物屋もできる。そうなれば、各寺は潤う。これが、本当ならかなり幻滅する。

でも、待てよ、と思い返してみる。人間ひとりとして完璧な人がいるのか? と、、、、、んなもんいるわけがない。不完全な人間たちが群がって完璧なことなど到底できるわけない。どんなにすばらしい思想、考え方であろうとそれを完璧に実践するなどできるわけない。仏教だろうとなんであろうと金の癒着は絶えない。数の力で弱者を切り捨てるのも絶えない。

かといって、それで話を終わりにしてもなにも始まらない。どんな思想、宗教、考え方の中にはいい面が多分にある。完璧になれない人間だからこそ、思想や宗教の文学的には完璧な教えが必要なのかもしれない。そして、実践してゆく。よりよく生きてゆくためにも。まずは、自分の弱さ、人の弱さをしることが大切なのかもしれない。

それから、おかしなものに対しては断固食いつかなきゃいかんと思う。たとえ自分の好きな仏教徒や坊さんだろうと、政府だろうと主義だろうとバンドだろうと、金や権力との癒着を許しちゃいかんと思う。それがまた仏教の教えでもあると思う。

そもそも俺は勝手に仏教に期待してた。で、勝手に幻滅していた。ただそれだけのことだった。
んなに理想的な集団であっても、必ずそこには不の面があると思う。それらを知った上で自分やみんながよりよく生きられるために、いろんなこと勉強して実践してくのがいいと思った。やっぱり、人間は完璧じゃないですからね。


※写真は青空学校のこどもたちと一緒につくった学校案内パネル。
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鍋の底のインド人

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ブッタガヤに45日いた.だからか街のこともだいぶわかるようになった.顔見知りや仲の良い人もできた.でも,思い返してみるとブッタガヤについて1週間ぐらいは現地の人間に腹を立ててばかりいた.なぜなら,ここは仏教の聖地だけあってしつこいボッタクリ客引きが5万といる.また鮮麗された熟練の物乞いたちも2万といる.さらに,邦人女性旅行者をターゲットにした貞操泥棒たちが1万.仏教徒のメッカであると同時に恋泥棒のメッカでもある.(言いすぎ80%増し)
 
 特に腹の立つことがあった.宿のオーナーの息子にいきなり「日本人は最低だー世界でもっとも常識がない,日本は管理国家過ぎるーこころに自由がないー刑務所だーーー!!あわあわあわーーー!!」といわれ,最後に彼の宗教論を聞かされた.なによりむかついたのが,日本人という狭い枠にくくりつけられたこと,それに会って2秒後にそんなこと言われたことだ. ホントは思いっきりそいつの顔面にパッチギしてやりたかった.でも,なんとか怒りを堪えるために太股にナイフを突き刺しながら,「いきなりそんなことを言うあなたの方がよっぽどおかしーんじゃございませんかーこのkkkめ!!」いって嫌な空気になって終わった.そんなせいで数日はそいつと顔を合わすたびに気まずかったし,腹が立った.

 オレは,仏教の聖地にいたから,毎日仏教の勉強をしていた.だから,仏教では腹が立つとか怒りって行為にどんな風に対処するのかすごく興味があった.
 
 仏教の考え方は,とにかく争いを避ける.アヒンサー(不殺生)っていって徹底した非暴力を唱えている.だから共存共栄,相互理解,相互扶助の姿勢だ.(二字熟語や四字熟語で書くとぱっとしませんね,今のあちきにはそれしか説明ができないんでありんす)
 そのためか,進んで人との喧嘩の原因や非を自分の中に見出そうとする.そうすることによって争いの連鎖を避け,怒り,復讐を自分のだけで終わらせようとする.
 これはなかなかできたもんじゃない.誰かにいきなりドツかれて非は自分にあるなんて思えるわけない.でも,それだといつまでたっても殴ってきたやつを理解することはできないし,喧嘩は絶えない.
 まず第一歩として,そいつへの怒りが抑えられなくても,なんでそいつが殴ってきたのかと考えることぐらいの余裕はもてるかもしれない.

 そこでオレもなんでいきなり,宿の兄ちゃんが日本人最低
論をぶつけてきたのか考えてみることにした.

 その原因のひとつは,彼の家庭環境にあるかもしれない.彼は宿のオーナー(インド人)の息子(インド人).彼の父は彼の母(インド人)とは別に,日本人女性と結婚した.そしてその女性と一緒に宿を経営しはじめた.この時点で,父親の新しい日本人妻へ対する嫌悪感があってもおかしくない.さらに,この日本人妻は最近,こども(彼の異母兄弟)を連れて日本へ
出戻っている.もしかしたら,この出戻りに対して怒っていたのかもしれない.
 それから,彼もいっていたのだが,邦人旅行者のトラブルが多いらしい.彼は宿利用者のトラブルが起きるたびにその処理をしているとの話だった.貞操を奪われた!大金を奪われた!ボッタくられた!助けてくれー!というのが相次いでるようだった.たしかに邦人旅行者のトラブルは多い.他の国の旅行者より安易だったり信じやすい人が多いのも確か.また自分もそのうちの一人であるのも確か.(けどそれを一般化するのは下劣でナンセンス!suck!)

という風に彼がオレを突然罵った理由を考えてたら,そこまで怒らなくていいのかとも思えてきた.毛沢東が「造反有理」といっている.反抗や抵抗には理由がある.だいたいの物事には理由があるような気がする.自分があまりのも怒りに酔いしれてると危うく相手の言い分や理由を見落としてしまう気がする.だからこそ,仏教では物事を冷静に見つめないさいな,と言ってる.

 いきなりこんなもんは食えたもんじゃない.けど少しづつ余裕が持てたらいいなぁ思った.
 あらゆる戦争に反対する自分としても,個人間で解決できない問題が国家間で解決できるわけもないと思っている.だからこそ,言い争いになったら冷静になって相手を理解してこうとも思う.できるかぁ?んーまぁどーでしょ.

 そんなことをひたすら考えてるせいで,街の客引きや物乞いにしつこくされても腹を立てずにコミュニケーションがとれるようになってきた.すると不思議と,彼らのオレに対する態度が変わった気がした.ただ,物を売りつけたり金をくれといってくるだけではなく,客引きとは「元気か?元気だ!」と挨拶になり,物乞いのこどもたちとは「遊べ!」といって投げ飛ばすようなった.結局のところ彼らは何一つ変わっていない.変わったのは俺の見方であって,俺の気持ちなんだと思った.自分次第で180度も視界が変わるんだと思った.

 俺はどうも最初の頃,鍋の表面に浮いた灰汁ばかり食べていたようだ.でも今では,鍋の中の肉や野菜までハシをつけることができるようになった.鍋の表面の灰汁を嫌ってハシをつけなければ,本当の旨みを食べることなどできないのかもしれない.
 タイの坊さんがいっていた気がする.インド人は「偽りの自分より,嫌われる本性」って.でもこの嫌われる本性の中に,本当の旨みが隠されているのかもしれない.が,言い過ぎかもしれないけど.



万引き引退

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マザーハウスに2、3週間いて、今は仏教の聖地で瞑想したり、朝晩と日本寺で座禅をしています。日中は日本寺の図書館へ通ってます。毎日勉強です。だから、そうとう眠いです。

ところで、いぜん、旅のコラムをアナキズムっていう雑誌に寄稿しまいた。それが発売されたのでどっかでぜひ読んでください。万引きしてもよいと思いますが、自主だからつぶれてしまいます。万引きするなら、もっと大手のメーカーのをしてください。
 わたしは、もう、万引きを引退することに決めました。現役引退です。なぜなら、仏教徒になってしまいましたから。しかし、オナニストは生涯現役です。そのうち、全世界のオナニストたちを結集させて、そのエナジーを電力として貯蓄する予定です。この結果、原発や火力を撲滅することができます。また宇宙との交信も可能となり、まさに未知との遭遇!シャンティーシャンティー、オーム、シャンティーであります。

シャンティスタでアナキスタ 亀頭精子(インドでのホーリーネーム)


血液検査の結果をとりにゆこう

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血液検査の結果がでた。おかげさんでC型肝炎は治ってた。C型肝炎が自然に治るってあんま聞かない。なんか信じられんから医者に「うそだろ、この如何様がー!」いったら「いいだろ、治ってるんだからーぼけー」いわれた。そりゃ、その通りだ。まったく。
 なにわともあれ治っててよかった。そのとたん、あまり呑みたくなかった酒を大量に呑みたくて仕方がない。ほんと、気持ちひとつでこうも変わるもんなですね。気持ちいうのは、でかいもんなんすね。

 しかし、やっぱり街を歩いてると垢で真っ黒な乞食や物乞いにでくわす。大半は病気をもっている感じがする。なんだか、自分だけ助かったみたいであんまり喜べない。でも、酒をのむとそんなことも忘れる。そんな帰り道、ふっと思ったことがある。
 
 俺は、常日頃から、物乞いや乞食のいない平らな社会がよろしいと思っている。だから、世の中を平らにしようと考えるコミュニズム(共産主義または共場主義)やアナキズムに共感をもっている。
 
 その一方で乞食や物乞いを生み出す原因を資本主義やグローバリゼーションにあると考えてきた。(間違いなく確かだけど。)
 でも、今、こうして街をあるいて、多くの物乞いや乞食に出会うといろいろと考えさせられる。平らな世の中を望む俺に、物乞いは容赦なく金をくれー!バクシーシー!といってくる。そこで、金じゃなくて食い物を分ける。でも、あんまりにも物乞いが多すぎてみんなに食い物を分けることができない。

 今までの俺なら、資本主義者、グローバリゼーション、政治家のせいでこんなに物乞いが増えたんだ!けしからん、資本主義者め!呪い殺してやるわー!!って考えてた。
 また資本主義の変わりにコミュニズムやアナキズムがよろしい!と思っていた。しかし、コミュニズムを掲げる政府(たとえば中国や北朝鮮、東南アジア)はことごとく人々の自由を奪って政府に逆らう人間を殺してきた。さらにそんな国にも乞食や物乞いは腐るほどいる。だから、そんなコミュニズムもいかん!なんて考えてた。
 俺はいつでも貧困の原因を「なにかのせい」にし、つねに自分とはほど「遠い人間」のせいにしてきた。

 でも、乞食や物乞いと肌身で出会うと、「遠い人間」や「なにかのせい」にしててもどうにもならんなぁ思う。実のところ、この「なにかのせい」や「遠い人間」ってのは自分自身なんじゃないかなぁ思いはじめた。
 それは、物乞いに金くれってせがまれた瞬間、俺は彼らを無視し、寄るなー!!立ち去れー!って願ってしまう、この心の中に「なにかのせい」「遠い人間」の正体があるきがしてならない。だれかのせいにしていれば、俺の世の中を平らにしたい思想は汚されずに間逃れるって気があったんだと思う。

 コミュニズムのせいだ、資本主義のせいだ、金正日のせいだっていう以前に、自分自身の中に原因があったとつくづく思う。もし、ほんとうに世の中を平らにしたいなら俺は、自分の金や物をもっと乞食や物乞いと分け合うことができるはずだ。でも、やっぱり自分可愛さでそれができない。
 
 でも、そう思ったら、なんだかすごく気が楽になった。「なにかのせい」にしている限り、「なにかのせい」の実体が掴めないから変えようがない。でもその原因が自分にあるなら、少しづつは変えようがある。したら、すこしはよい方へ傾くんじゃないかって思った。

 なんだか、けっこう未来は明るい気がしてならない。明るい未来。


血液検査へゆこう

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インドのカルカッタに入って2週間弱経った。カルカッタは公衆便所の汚物入れのように、使い終わったタンポンと金持ちと物乞いとイスラムとヒンドゥーと共産主義者と野宿者とのら犬とのら猫と烏と糞尿と排気ガスとリンガとヨーニが混沌と混ざり合ってる。
 俺は毎日マザーテレサの障害児施設、元アル中、ポン中の館に遊びにいってる。俺はアル中、ポン中の館にはたまにしかいかない、大半はよだれを垂らしたこどもたちを振り回してる。さらにここは昼飯が最高にうまい。この飯を毎日食うために通ってる気もする。
 で、やっぱり気になるのが、ブラザー(牧師の卵)の性問題。どうしても聞きたくて仕方ない。たまに、聞いてみたりしてる。でも、まだ日が浅いため、なかなか深く聞けない。もう少し滞在するので今後、牧師の性問題も追求してみたい。

 旅に出て、7ヶ月弱ぐらい。わりと健康で過ごしてきた。しかしここに来て、完治させたはずのウイルス性の疣が再発してきた。さらに、4年前にインドのバラナシでもらったC型肝炎の方も気になり始めてきた。
 インドに入ると急に病気持ちの旅人が増える。以前、シャブの廻し打ちを繰り返してた旅人も、C型肝炎に感染し一年間インターフェロン治療していたらしい。彼に、こんなとこで旅してないで今すぐ日本帰りなよー!言われた。この一言で、かなり気になりはじめた。ちなみにインドでは、マラリア、A型肝炎、腸チフス、性病などいろんな病気をもった旅人に出会える。
 
 ということで、やっぱり、人事ではすまないので病院へいってみた。皮膚を見せて血液検査しただけで、3000円も取られた。こっちの物価でみたら恐ろしいほどの金額だ。街を歩けば奇形者や物乞いであふれてる。よーくみると、すごく病気にかかっている人が多い。そんな人たちと俺の病気を比べると、俺の方はたいしたことがない気がしてくる。彼らは治療もうけれずに路上に放置されている。インドってのは徹底した放置国家だ。

 
 自分が病気をもっているってのも一概に悪いものでもない。いい点もある。
 病気に興味がもてる。薬全般に興味がもてる。病人の気持ちが少しわかる気がする。性病はすぐ隣あわせだと自覚できる。
健康のありがたさを知れる。人のやさしさを知れる。だから人にやさしくできる。って気がする。ってよりいい聞かせてる。

 今回の血液検査で、エイズなんか出てきた日には、どうしようかと思う。でも、しかし、んーなんとも、怖いとしかいいようがない。とりあえず、肝炎ウイルスの数値が低いこと、もしくは治ってることだけを願う。結果は月曜にわかる。もしも、高ければ日本へ行かなければいけない。こいつは非常につらい。インドでもらった肝炎に再びインドで押し返される。なんとも因果なもんでしょうかねー。あーあーほんとーやってられませんわー。
 それでも、まあ、病気と一緒にうまいことやってくしかない。って考えて、ビールの栓を抜く。ぷはーもう一杯!


プロフィール

志賀直輝 

Author:志賀直輝 


志賀直輝 a.k.a. kitou seishi


海外逃亡をへて4年ぶりの糞賃労働の日々。パートナーの出産と共に主夫強制引退。現在は、育児と保守的な職場内で闘争実施中。近い将来は、子連れ狼になりたい。


と思っていたが、原発事故によって一寸先は闇、現在、原発猛反対中。文字通り、お先まっくろ(アナキスト)でございます。どいつもこいつも、金、金、金、みんなでアナーキーに生きるしかない!原発や原爆の原料になるウランのある山を畏怖し近かづかなかったインディヘナたちは、7世代先の子どもたちのことまで考えていたらしい。っていうんだから、アナーキーかつインディヘナなように!

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